悠然と流す心性


 

水の人モード

人間が出来て、何千万年になるか知らないが、その間に数えきれない人間が生まれ、生き、死んで行った。

私もその一人として生まれ、今生きているのだが、例えて言えば、悠々流れるナイルの水の一滴のようなもので、その一滴は後にも前(さき)にもこの私だけで、何万年さかのぼっても私はいず、何万年経っても再び生まれては来ないのだ。

しかもなおその私は依然として大河の一滴に過ぎない。それで差し支えないのだ。(『志賀直哉全集第10巻』)

 

2月3日の記事 『心が最強の力となる日』 に引用したナイルの水の一滴を再掲しました。この文はとても魅力的なのです、私にとって。

ナイル川はまだ見たことがありませんが、イメージによる情景が動的に浮かんできます。人類の源泉と言えるアフリカ、苛酷な気候、危険、そして砂漠。ガンジス川ともアマゾン川とも違う、ナイル川ならではの情景が心を揺さぶる。

 

ゆく川の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし。世のなかにある人とすみかとまたかくのごとし。

素読で音に換えると読点を付けるのが野暮に思えてならないので外しました。

日本人ならば誰もが知る方丈記の冒頭文です。多くの文化比較社会学者が指摘していますが、日本人は「歴史の流れ」というふうに歴史を大河の流れに喩えることが多く、一方西洋では歴史を建設に喩えることが一般的らしいです。

 

人類が歴史を積み重ねた上に私たちは生きている。

日本人が個人的にご先祖様を思うこととは比較できないように思います。何かが大きく違う。

西洋の歴史へのこだわりの強さは建築にもあらわれます。アントニオ・ガウディが設計にかかわったサグラダファミリア(スペイン・バルセロナ)は1882年に着工、2026年にはようやく完成するのではないかと言われています。144年かけて大聖堂を建造しているのです。

国家や文化を建設としてとらえる西洋人の感性を、私たちが「意味的」に考えて想像はできても、おそらく「感覚的」にはかなり異なっているのだろうと思います。逆もまた真なりでしょう。

 

日本人は、歴史を、流すことによって造ってきた。

世界で一番忘れることの早い国民性かもしれません。今、世を騒がしている森友学園問題も豊洲移転問題も、収束すればすぐに忘れ去られる。

ここに、忘れ去る美学、という文化の根付きをみることできます。いつまでもぐだぐだと拘るのは醜い、きれいにさっぱりと、いさぎよく、そうした心が宜しいと、男子の訓戒として体に叩き込まれた世代です。現代では多様性ということで、醜くはない、としなければならないという社会の風潮ですが、そんなことはどうでもよい。関係ない。逆に、他人に自分の美学を押しつけることも2000%ありません。

生きかたの美学としての「すがた」を教えられたわけですけれども、今考えるにこれは、処世の智恵、自分の健全な心性をはぐくむ理知的な知恵ではなかったかと、そう思うのです。

 

 

子ども同士で喧嘩をする。殴りあって蹴りあって負けて泣いて。

すると仲裁に入ったおとなが、喧嘩両成敗で水に流すように諭します。これは「何を」水に流すのかと言えば、事実を水に流してなかったことにするのではなく、「感情を」水に流すということです。

対立感情、怒りの感情、憎しみの感情、恨みの感情に至るまですべて水に流して忘れなさいと。これができなければ男子ではないと教えられるものですから、愚直な私などは微かな疑問も抱くことなく、否応なく、「ハイ」です。特に負けた時ややられ損だなあと感じる時はしぶしぶながらですよ、もちろん直後は。

でもそうして水に流し忘れ去ることが日本の男子の美学であったことは、私の心をだいぶ救ってくれたのではないかと思うわけです。それが習慣化されたことによって。

事実は残ります。歴史的事実は残っている。が、しかし、、、

感情は大河の流れに乗って大海へ行き着き、もうどこへ行ったのやらわからない。

 

大河の水の一滴は自分自身の感情であり、自分の一生でもある。

俯瞰的に日本国民ひとりひとりとみることもできる。

すると大河は日本国家ということになる。

 

大河の水は上に積み上げて何かを建設することはできませんが、常に新しい水が生まれ流れてくるという良さがあると思います。

私たちの心のなかにも、常に新しい水が流れこんでくる。

流された分、流れこんでくる。

 

今日4月1日は娘の誕生日。

いつかこれを読んで、実感として何かを感じ考えて、更に発展的に上書きしてくれる日がくるだろうと期待して。