Ⅱ 東洋思想


こころ潤う東洋思想


 

西洋哲学は40歳を過ぎた後に始めたのですが、東洋思想は20代の頃から、『論語』『孟子』『菜根譚』『貞観政要』『韓非子』などの中国思想に親しんでいました。

また、実家の菩提寺が臨済宗で家族親戚に禅宗の生きかたが根付いていたため、子どもの頃から、まるで禅が私の全身細胞を形成したような感覚をもっています。取り立てて禅宗について書いたものを学んだことは有りませんでしたが。

よく、禅と言えば座禅を組んで「悟り」の境地に達することが目的のように言われたり、「悟り」がことさら重要視される傾向がありますが、私は、「悟り」はむしろ禅とは無関係くらいに思っています。起きて、立って、歩く、歯を磨く、働く、食べる、寝る、一連の生活すべてが禅だという理解です。

ちなみに、禅宗という仏教宗教については信仰心はありません。どちらかと言えば仏教よりも神道のほうに親しみを感じます。一方で、儒教の中の陽明学それも日本で改良加工された陽明学が自分に一番合っているように思います。

佐藤一斎の『言志四録』は愛読書のひとつです。

 

さて、安岡正篤先生の書との出会いはいつだったか、20年ほど前だったか忘れましたが、そこから長いお付き合いです。

安岡先生が高校生の頃、ゲーテやマルクスを原著からドイツ語で読むことが生徒のなかで流行っていて、西洋の学問ばかりをやっていて神経衰弱になってしまったことを綴られています。そこから引用します。

 

そういうこと(西洋の学問)をやっておる中(うち)に、一つの大きな煩悶が起こってきた。やればやる程なんだか淋しくなる、もどかしくなる、じれったくなる、居ても立ってもおれなくなる。

なんだかこう、今日の言葉で言えばノイローゼ、その頃は神経衰弱という言葉が流行(はや)っておりましたが、どうもその神経衰弱になる傾向がある。自分でもはっきり分かる。

よく友達の中にも、精神に異常を呈するものがおりました。夜になるとふらふら出ていって、酒を飲んだり、コーヒーを飲んだりしなければ、勉強が出来ないというのがおりました。

深刻なものになると、寄宿舎を飛び出して、上野の山だとか、巣鴨や大塚だとか、(中略)そういうところをいっぺん走り廻って、へとへとにならないと神経が静まらぬ、というのが幾人もおった。

私もその神経衰弱にかかったわけですが、しかし幸いにして私には、子供の時から学んだ古典というものがあった。神経衰弱になったなと思った時に、ふっと手にとって見たのがこの古典であります。

論語だとか、孟子だとか、太平記だとか、吉田松陰のものだとか、もうその頃には王陽明のものや、大塩中斎(ちゅうさい)の洗心洞箚記(せんしんどうさつき)などを愛読しておったのですが、ふっとそういう書物を手に取って読んだのです。

処が、何とも言い知れぬ満足感が、落ち着きというものが、腹の底から湧いて来るのです。丁度、腹が減って、もうふらふらになっておったのが、一杯の飯にありついたというか、咽(のど)がかわいて、もうこげつきそうになっておったのが、うまい水を一杯飲んだというか、兎に角飢えを満たし、渇きをいやす感じがする。

(安岡正篤 『活学としての東洋思想』 PHP文庫 p21-22)

 

まったく同感でした。読んだときに、「そうそう、そうですそうです」と思わずうなずきました。

西洋の学問は「理知」で「頭で考える」ものであり、東洋の学問は「情理」で「心に落とす」ものであるというふうに先生は述べられていますが、まさにそのとおりと同感するのは私だけではないでしょう。

東洋思想には、特に中国から渡ってきて日本で改良加工された思想には情の潤いがあります。沁みいるやさしさもあれば、情熱の湧きだす熱いものもある。心に自然に入ってきてそのまま活きてくる。

私も心が乾いたなと思えば、『老子』を開いたり、安岡先生の書を開いたりしているのです。『老子』については、全八十一章の個人的意訳に挑戦するのがテーマの一つになっています。愛読書です。

 

近年では竹内整一著 『かなしみの哲学』 という書に出会い、この書が「門」となって、悲哀、哀感、共悲、かなし、あはれ、無常“感”、あきらめ、届かなさ、やりきれなさ、センチメンタリズムなどの奥深さ、かなしみの情のすばらしさに気づき共感し、日本精神史という泉に沈潜してみようと思い立ちました。私としては新しい境地です。

かなしむことのすばらしさ、奥深さに、心が濡れるのです。

 

この、心が濡れて、全身の細胞が活発に活動しだす感覚はいったいなんだろう。