自由


自由とは、既に自由であること


 

自由になりたいと願っていては、いつまでたっても自由にはなれない。

既成事実として、自分は既に自由であると、高らかに宣言しよう。

私たちには既にたくさんの自由があることに気付こう。

 

 

 


1.物理的自由


 

強制的に身体を束縛されていない限り、人は常に自由な状態にある。

 

 

 


2.解釈の自由


 

感覚器官によって認識したモノ・コトに対して、自己解釈は自由である。

社会的常識によって解釈しなければならないなどということは一切ない。

解釈は価値観によってなされる。

その価値観をどのようにつくるかは、そのひと個人の自由だ。

 

 

 


3.思考の自由


 

いつでも、どこでも、どのような状態にあっても、思考する自由は常にある。

思考する内容においても、内心の自由が保障されている。

ネガティブに、悲観的になっても、それは思考の自由を行使した結果の不快感情であり、自由に対する自己責任だ。

ポジティブに、モチベーションの上がる思考をもつ自由があることを忘れないこと。

 

 

 


4.発想の自由


 

社会の常識や制約に縛られないこと。

自分の中に蓄積された価値観に対し、絶対的なものとして信奉しないこと。

水のように柔らかく、価値観をしなやかに塗り替えられる姿勢をもって自由な発想を生みだそう。

 

 

 


5.意思決定の自由


 

どのような場面でも、自分の意思決定は他者から強制されることはない。

 

 

 


6.自己表現の自由


 

表現の自由に、もっと大胆になっても良いんじゃないか、と思える日本人が大多数である。

 

 

 


7.行動の自由


 

止まることも進むことも戻ることも、真っすぐ行動することも、曲がって行動することも、或いは行動しないことも、すべて自由だ。

行動の選択肢が狭まっていないかどうか、もし狭まっているとしたらそれは何が原因なのかを考えてみれば、案外、自分が縛られている鎖を簡単に外せることに気付くかもしれない。

行動は大きく、大胆に。せっかくの自由があるのだから。

 

 

 


8.自己評価の自由


 

他者や社会からの評価から自由であること。これは自由であることの大前提。

自己評価は自分で下す。その評価に使用するモノサシは自分だけで創る。

 

 

 


9.選択の自由と責任


 

進む道を自由に選択し、自由に行動した結果については、100%自分の責任だ。

他者に道を相談すれば、自分がそう思っていなくても他者の心は責任を負担する。

自己責任の結果は絶対に転嫁してはならない。救いを期待してはならない。

けれど、もし他者が救いの手を差し伸べてくれるようなことがあれば、強情を張って拒否してはならない。他者に迷惑や心配をかけたことの内省し、みじめな気持ちとなる自己嫌悪も、自由に対する自己責任の一部である。

 

 

 


10.失敗の傷が自由の勲章


 

自由とは恰好が良いものではない。むしろぶざまだ。

ぶざまに自分の醜さを曝けだし恥じ入らなければならない。

自由を行使した結果、他者から冷たい視線を浴びせられ、社会から厳しい仕打ちを受け、心が流血し傷だらけにならないような自由は本当の自由とは呼べない。

依存しない、依存できない孤独と引き換えに、自由はある。