クリエイターに対する評価とは


 

水の人モード

キングコング西野さんが定価2000円で紙媒体として販売している自作の絵本を、インターネット上で無料公開したことで様々な価値観の意見が飛び交っていました。

こうしたことで熱くなる意見というのは、白か黒かの二極論なんですよね。結局、彼を支持する派と彼を支持しない派、あなたはどっち?みたいな。

今と10年後では意見が変わるかもしれない。それは3か月後かもしれない。私なんか支持派と反発派が自分の中に共存していることを自覚してるので答えようがない。西野さんの親しい友だちだったら全力で擁護しますけど。

でも反発受けようとも堂々と前へ進んでいく勇気は評価されるべきではないかと思います。

彼の作品が芸術としてどう評価されるかというのはあまり関係ない。芸術評価は人が判断するものだから、人によって価値観も違えば審美眼も違うし、嫉妬感情だってあるでしょう。

また、芸術への指向性はある人ない人けっこう差が激しいしかもしれないですね。

 

話は飛びますが、私、近年は図書館をよく利用してるんです。

というのも、お金がたくさんあるときにはしょっちゅう書店へ行っては、10冊くらい大人買いして9冊捨てるみたいなことを平気でやっていて、まあ消費に貢献してたわけですけど。その反省から、何度も読みそうな書は一度図書館で借りて、ざっくり読んでからアマゾンで購入とうい方法を取るようになりました。先日のWebライティングのような本は書評を読んで買ってしまいますけどね。仕事関連だし。

『チクセントミハイのフロー』で紹介した、ハンガリー出身で米国在住の心理学者チクセントミハイの書なんですが、一冊を高評価して、もう一冊は低評価しました。

で、私も自分で自分自身の心がなんでこんなふうになるのか、すっごい疑問だらけなのですが、低評価の方の本を買ってしまいました。なんででしょうね?こちらのほうが価格は高いです。どちらも半分仕事関連です。

ひとつ言えるのは、茂木さんが「ゾーン」にご執心で、私は「ゾーン」ってふつうだろと思って白けてしまった。

でも、「クリエイティブ」というテーマであれば、もっと読みこんでみてもおもしろいかもと、無意識の左下角度32度くらいのところにもやもやがあったような気がします。

冒頭のキングコング西野さん絡みで引用してみます。

 

人々に理解されづらい課題への深い関心や関与は、多くの場合、報われることがなく、嘲笑の的になることさえある。

拡散的思考はしばしば、大多数の人々に規範からの逸脱と受け取られ、その結果として、創造的な人は孤立と誤解を感じることがあるかもしれない。
(チクセントミハイ著『クリエイティヴィティ』)

 

大多数ではありませんが、多くの人から西野さんは、「規範からの逸脱」と捉えられたと思います。作品性どうこうではなく、彼の価値観に対してです。彼は作品を創りましたが、著作権を一部放棄するような価値観を大々的にあらわにしたわけです。勇気ある行動と言える。

一方、同じように思っても、出来なかった人はたくさんいると思います。だって最初から知名度が違いますよね。勝負にならない。だから西野さんが自分の吉本興業で漫才師である知名度に乗っかって、「ええかっこしい」をやってることに反発する人はたくさんいるでしょう。

私が上記に引用したのは、西野さんのことではなく、むしろ目立たなくて独立独歩で自己表現している、クリエイターさんたちが念頭にあります。「きれいごとじゃ食べていけない」というクリエイターさんが99%です。アート関連の業界では。

 

私の主張としての結論はありません。