星の王子さま(5)―Secret World


 

 

遊ぶ子モード

星の王子さま(4)―Solitude からのつづき。

今回の星の王子さまシリーズは、この記事をもってラストとします。最後にとても大切なことに気づきました。

 

星の王子さまが自分の星に帰っていったあと、こう書かれています。少し長文になりますが引用します。

 

こうして、いまではもちろん、もう六年が経った・・・・・・ぼくはこれまでこの話を、一度も語ったことがない。

(中略)

いまでは、いくらか悲しみが和らいだ。つまり・・・・・・完全には、和らいでいない。けれども、王子さまが自分の惑星に帰ったということは、良く知っている。

(中略)

ところが、ここでたいへんなことが発生した。ぼくが王子さまのために描いたあの口輪に、革バンドをつけるのを忘れてしまったのだ! 王子さまは、羊に口輪をつけることが絶対できなかったであろう。そこでぼくは思う。《王子さまの惑星では、何が起こったんだろうか。ひょっとして、あの羊が花を食べてしまったのではなかろうか・・・・・・》

またあるときは、こうも思う。《違うにきまってる! 王子さまは、毎晩、自分の花をガラスの覆いのなかに入れて、羊をよく見張っている・・・・・・》。すると、ぼくは嬉しくなる。そして、星という星が静かに笑う。

(中略)

そこに、実に大きな神秘がある。王子さまを愛しているきみたちにとって、ぼくにとってと同じように、この宇宙では何一つ同じ状態ではなくなってしまう。もしかしてどこかわからないある場所で、ぼくたちの見知らぬ一匹の羊が、一輪の薔薇の花を食べてしまったかどうかによって・・・・・・

空をよく見て欲しい。自問してみて欲しい。《あの羊は、花を食べてしまったのだろうか、それとも食べなかったのだろうか》と。そうすれば、どんなに一切が変化することか、わかるはず・・・・・・

それなのに、おとなは誰一人として、それがこんなにも大事なことだということが、絶対わからないだろう!

(第三書房 小島俊明約 対訳フランス語で読もう 『星の王子さま』p175-179 )

 

世界は解釈次第でまったく異なるものに変容を遂げる。何一つ変わらぬものはないし同じものもない。哲学的な結論に「ふむふむ。そうだよなあ」と納得して終わるのではなく…。

 

六年間誰にも話さずにいた、というのは作者の立場です。

それをこうして『星の王子さま』という作品にして発表した。王子さまが自分の惑星に帰って行った時の『絵』が挿入されているのですが、何もない世界に星だけがある。

サンテグジュペリは、自分の手で創造した世界を永遠の星に放逐したのです。

ここで極めて重要なことは、自分が創造したストーリーと世界を、誰にも話さずに内緒にして、六年間のあいだ秘密を守ったこと。自分だけの秘密のストーリー、秘密の世界であれば、口輪も描けるしストーリーを創りなおすことだってできる。けれど『星の王子さま』という作品にしてしまった後はそうはいかない。

ストーリーと世界観は王子さまが惑星に帰ったところまで固定化されてしまったのだ。その後のストーリーは、もはや自分の手の中にあらず、多くの読者によって変容してしまう。

秘密の自分だけのストーリー、秘密の自分だけの世界、これがどれほど大事なことか大人には絶対にわからない!と言っているように私には思える。

というのも、子どもの頃、外の砂場や家のなかでブロックや積み木で遊んでいるとき、自分だけのストーリーがあって世界があった。だけど、それを大人が「これはなあに?」と説明を求めてきたことが何度かあって、私は説明した。しかしその瞬間にストーリーも世界も消え失せてしまったのだ。

 

おとなになって仕事上で、いろいろと新しい斬新なアイデアを思いつく。そのアイデアに対する他人の評価が聞きたかったり、何かアドバイスがあるかもしれないと思って話す。一所懸命に自分のストーリーと世界観を話す。

話しているときは夢中で、とてもいい気分です。たぶん目をきらきらさせていると思う。

でも、話をし終わったら、ストーリーも世界観も色あせてしまい、その実現に対するモチベーションががくんと下がる。そうなんだ。これを私は何度も体験したのに、こんな重要なことに気づけなかった。まさに今日、気づいたのです。

秘密性が極めて重要なのだ。

 

心理学者、C.G.ユングの『元型論』に、童児をモチーフにした一つの「型」が提唱されている。「永遠の少年」と呼ばれることも多い。

童児モチーフの本質的な性質の一つは、その未来的性格である。童児は未来の可能性である。それゆえ、個人の心理に童児モチーフが現れるということは、たとえそれがはじめはうしろ向きの姿に見えようとも、一般的には未来の発展の先取りを意味している。人生とはまさに流れていくことであり、未来への流れであって、せきとめて逆流させることはできない。それゆえ、神話の救い手がそれほどしばしば童児神であることは、驚くに当たらない。それは、個々人の心の中で「童児」が未来の人格変容の準備ができていることを示す経験と、正確に一致している。童児は個性化過程において、意識的な人格要素と無意識的なそれとの総合から生まれる形姿の先ぶれである。それゆえそれは対立を結合するシンボルであり、調停者、救い手、すなわち全体性を作る者である。

(紀伊国屋書店 林道義訳 C.G.ユング著『元型論』p188)

ユングが結論付けているように「全体性を作る者」とは世界観を作る者であり、ストーリーを創造する者と言えよう。

童児には一般社会的通念などない。

善悪価値も正悪価値もないし、相対化した優劣価値もない。損得勘定や打算、論理性、合理性、効率性などの、現代的価値観のすべてがない。その創造する世界には主人公さえいないのだ。中心がない。世界は万能であり無敵だ。

 

この秘密の自分だけの世界、秘匿された世界とそのストーリー性は、男児の「永遠の少年」モチーフだけでなく、女児の「永遠の乙女」モチーフにもあるのではなかろうか。乙女ごころに閉ざされけっしてオープンにされない彼女だけのストーリーの世界というものが、あるような気がする。

 

以上で『星の王子さま』シリーズを終了します。

自分にとってとても有意義な考察でした。