死別についての思索

体のリセットを行いました。5月末に75Kgあった体重を今朝の時点で67.6Kgまで落としました。20日の時点で6Kgダウン、これで十分かと思いましたが3年かけて肉付きをアップした腰の斜め後ろのぜい肉がどうしても取れず、あと2か月かけてウェストを締めようと思っています。 お酒も飲んでますし(特にジンが中心)、鶏肉、魚類、大豆類、チーズからタンパク質とカルシウ... Read More

人間個人の反同質化

3月15日の記事『社会からの多様性要請は疑問』について、更に考えを深めてみたいと思っています。 この多様性要請によって、「人間」と価値観の水平化、平均化、画一化、コモディティ化が世界中で進んでいると感じています。その揺り戻しと反動として、ヨーロッパもアメリカも、そしてわが国も、ナショナリズムへの意識が高まってきました。ナショナリズムの是非は別としまして、正... Read More

深淵から見られる自分

「自分探し」という言葉があります。 私にはどうしても実感できないのですが、この言葉を用いるかたは、「本物の自分」があると考えているのではないかと思います。この、「本物の自分」ということが私にはわからない。多面的な人格はあるのですが、どれもこれも本物ではなく全てを統合して「自分」になっている、という考えかたをしています。ただ、その「心の核」となる魂のようなモ... Read More

共同体としての家族

「家族ってなんですか?」 と問われたらあなたは何と答えるのでしょうか。 この質問は国会議員さんにぶつけてみたいところです。どのように答えるかでその議員の、共同体にかんする基本的な価値観がわかるような気がします。 家族は共同体の最小単位です。   天下国家を語るのは案外簡単なのかもしれない。家族を語るほうが意外に難度が高いように思うのは私だけでしょ... Read More

徒党の発展型である共同体

今日は、共同体とはどうあるべきかを、まずは太宰治の随想『徒党について』を題材に考えてみたいと思います。   『徒党について』 徒党は、政治である。そうして、政治は、力だそうである。それなら、徒党も、力という目標をもって発明せられて機関かも知れない。しかもその力の、頼みの綱とするところは、やはり「多数」というところにあるらしく思われる。 ところが、... Read More

孤独のカタルシス

人類は社会的な動物で、世界地図に人の群れを俯瞰イメージしてみれば、一種類の生物が特に平地に密生し、群生している絵図が浮かびあがります。 自分たちに人類という名を与えた人類にとっては、群生しているなかでの自分らを主観的に観察することが主体となっており、たかだか80年間の生命活動に何がしかの目的や結果を見い出そうとする。人類が群生している外部の観点から、「人類... Read More

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