《心のすがた》のブランディング


小林秀雄の文学的表現、「すがた」について引用します。

「論語」はまずなにを措いても、「万葉」の歌と同じように意味を孕んだ「すがた」なのです。古典はみんな動かせない「すがた」です。

その「すがた」に親しませるという大事なことを素読教育が果たしたと考えればよい。「すがた」には親しませるということが出来るだけで、「すがた」を理解させることは出来ない。とすれば、「すがた」教育の方法は、素読的方法以外には理論上ないはずなのです。

(中略)国語伝統というものは一つの「すがた」だということは、文学者には常識です。この常識の内容は愛情なのです。(新潮文庫版 小林秀雄・岡潔 対談共著 『人間の建設』)

 

国語教育における素読について述べているわけですけれども、内容自体ではなく、ここで使われた「すがた」という文学的表現が、私の脳裏に印象深く刻まれていました。

いったん話は飛びますが、創造的な企画の仕事をしているとアイデアを盗用されることは日常茶飯事です。特許や著作権に守られない構造のアイデアや新しいシステムなどは、すぐにライバルや資本の大きな会社に真似されてしまいます。

特許や著作権も必要なく、絶対に盗まれない創造物はないのだろうかと考えたとき、絶対にコピーが作れないものがあるじゃないかと閃きました。いや、地球だとか宇宙だとかそうしたものではなく。

それは、《私の心》です。《あなたの心》もそうですよね。

 

ここから読者さんには、ご自身の《私の心》と置き換えて読んでみてほしいのですが…。

物理的に脳と体をコピーすればと思われがちですが、私の心は、私の生きた体験によって造られています。例えば10年前の2月16日に体験したこと(覚えていませんが)によって、私のなかで何らかの変化がおきているはずで、そうした一秒も途切れることのない連続した経験によって私の心は造られている。10年前を再現することも、私の誕生を再現することもできない。今ここにある私の心は、私の経験のなかにおいてさえ唯一のものでありコピーできません。

 

なんだかあたりまえのことを書いてますね。

一方、「私の心とは何か」を誰かに説明しようと思ってもできません。いや、自分自身に対して説明しようと思ってもできない。でもこれには特許も著作権も必要なく、誰にも真似されない宇宙の歴史上で唯一無二のものであり、しかも私が現に手中にしているものでもあるのです。

ま、私が、私の心に所有されているのかもしれませんし、手中にしているという表現は不適切かもしれませんが、ややこしくなるので横に措きます。

 

唯一無二である私の心は何でできているのでしょうか。その外側を形成しているさまざまなものを考えてみます。

獲得した能力(知性・感性など)、価値観、気質(性格)、感情、身体、こうしたものが心を取り囲み影響を与え、一秒も休むことなく心を変化させているのです。心の何を変化させているかと考えるとき、視覚的な形状をイメージするのは適切とは思えません。

そこで、冒頭に引用した小林秀雄の「すがた」なのです。

《心のすがた》

全世界で唯一無二の存在である《私(貴方)の心のすがた》こそ、私(貴方)のブランドなのです。

このブランドに自分自身で誇りをもてているのか、自信をもてているのか、その誇りや自信は何に由来しているのか、ブランド価値を傷つけること、歪めることとは何か。

 

上記で見てきたとおり、《心のすがた》を変化させる要素は能力や価値観、気質、感情、身体であり、直接的に自力で努力できるものは能力と身体、間接的に影響が与えられて創られ育つものが価値観です。感情はそれらから二次的に変化してくるもののように思いますし、気質は生得的な影響もあるかと思います。この内容についてこれから深く考察していくことが私のひとつのテーマになっています。

ともかく、その全要素は、すべて経験から造られています。

いまこうしてコンマ一秒前の世界を体験しつつこれも経験として、能力や価値観、身体を変化させ、それと同時に《心のすがた》が変化している。習慣的に何度も同様な刺激を加えることによって、長期的な《心のすがた》に影響が与えられる。

 

現代の私たちは、私たち自身の外にあることを現象として科学的に、そして合理的に思考していくことに馴らされています。「経験」は無視して合理的に判断することを、特にITなどの業界では求められているようです。

しかし皮肉なことに、経験からしかその人の創造力は発揮できないのです。

なぜならば、新しいアイデアは、既存の経験のマッチングからしか生まれないからです。ジェームス・W・ヤングの有名な小冊子『アイデアの作り方』にもそうあります。創造研究の第一人者である心理学者のチクセントミハイによれば、経験の蓄積によって年齢が上がれば上がるほど、人によっては90代でも結晶性知能は上昇し、マッチングの機会に恵まれ新しい創造ができるということです。

 

経験は素晴らしいもので、上手に活用すればクリエイティブ能力は上昇し続けます。

そして最も重要なことは、経験は、その人の《心のすがた》を造るすべてだということです。

しばしば経験が悪役とされるのは、過去の経験に頼り過ぎ、視野狭窄で頑迷固陋になり、新しい選択を持とうとしなかったり、頭ごなしに他の価値を潰してしまうといった姿勢に原因があります。つまり知恵を使うことのサボタージュです。一つの真理めいたものに依存するのは楽ですから。

 

《心のすがた》の(自分にとっての)ブランディング、難しいけれど、「生」のプロセスのテーマは、究極的にはこれだと思います。

 

 

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