アイデンティティ(2)


さて、アイデンティティももちろん上記のロジックに関係してくるのですが、これがまた難しい。なぜ人間には「同一性」が自然にはたらくようになっているのか、その原理に嵌る価値と欲求のピースを探しているところです。

アイデンティティは「同一性」と邦訳されますが、まずは心理学的なアイデンティティではなく、哲学としての「同一性の基準」の解決を図る。

 

同一性 〔英〕identity

【同一性の基準】

何をもって「一つの」個体とするかが明確である限り、同一性関係は、すべての個体が自身に対してのみもつ関係として、単純明瞭である。しかし、個体は、一般に、何らかの種類に属するとみなされ、何をもってその種類に属する一つの個体であるかの基準は異なる。同一性をめぐる哲学的問題の多くは、こうした同一性の基準に関するものである。とりわけ、時間的に持続して存在する個体に関する同一性の基準を、どう定式化するか(時間を通じての個体の同一性)という問題は、哲学的問題の主要な一角を形成してきた。物体の時間を通じての同一性には、時空的連続性が十分条件となるのか、それとも、必要条件にすぎないのか、さらには、必要条件ですらないのか。人の時間を通じての同一性(これは、しばしば「人格の同一性 personal identity 」と呼ばれる)のための条件は何か、身体の時空的連続性か、それとも、記憶の連続性か。ここで強調しておきたいことは、これらの問題は、同一性という関係そのものに関わるものというよりは、「物体」や「人」といった概念に関わる問題であることである。

(岩波書店版『岩波哲学思想事典』)

 

哲学は常に「普遍的な真理」「一つの真理」を求めてきた。時間を通じての個体の同一性の基準は普遍性のある一つの真理でなくてはならない、という西洋的な白黒デジタル判断を要求される。

しかしその上位観念において、つまりメタ的視座において二つの真理の矛盾を容認し、「メタ的視座において一つのロジック」とすれば良いと私は考える。これについては前の記事の文末で少し触れた。

 

ところで、私たちが、10年前や子どもの頃の自分と今の自分と同一である、とするのは、まず「何が」同一であると言えるのか。変わっていないモノとは何かである。

身体は変化しているだろうし、人生体験によって価値観も変わっているだろう。記憶だって変わっている。場合によっては記憶は改ざんされている。心の状態だって変わっていると言ってよいだろう。では変わっていないモノとは何か。

それは「認識する基体」である。

純粋な「基体」である。価値観や記憶などを内蔵する「コアの主体」は変容してゆくが、その「コアの主体」を無意識下に押しとどめた純粋に認識する基体がある。例えば、この基体が純粋認識を行う場合の自分の年齢について言えば、10歳の自分と20歳の自分と今の自分を比較した、時間軸における自分自身の過去と区別がつかない。私は誕生日にいろいろな人から「〇〇歳の誕生日おめでとう」というふうなメッセージを受け取るが、その際に、え?何も変わってないのに、という不思議な感覚に襲われる。この瞬間に「コアの主体」は忘れ去られているのだ。言い換えれば「コアの主体」である私はその視座(視覚的視座ではなく意味的世界の視座)に存在しない。

よって、自分自身による時間連続性におけるアイデンティティの確認は、記憶の連続性によるものでも、身体の時空連続性によるものでもない。純粋認識する基体によってア・プリオリな同一性を認めている。

 

では、他者の同一性を確認する場合はどうか。

その人を過去のその人と同一と認めるのは、〈私の〉記憶の連続性によるものか、それとも〈その人の〉身体的連続性の存在を〈私が〉認めたことによるものか。これは、前者は私の内部の観念に視座をおいた観察であり、後者は私の外部の実在を観察する視座によるもので、自分では無自覚のうちに、その二つの視座を行ったり来たりしながら確認していると考える。「モノ」の同一性も同様である。

ここまでの「純粋認識する基体の視座」と、「観念論的視座」、「実在論的視座」の三つの視座については、冒頭に書いた「基礎哲学論と視座構造」(仮称)という新しい試論のロジックのなかで詳述する。

 

哲学的な「個人の同一性」の認知と基準については、現状、以上で解決とします。

問題は、心理学的に、第四のメタ的視座で俯瞰した場合、なぜ三つの視座の同一化が無自覚に行われるのか、そのダイナミズムは一体どうなっているのかということです。

認知症になると同一性の確認に支障をきたします。主に記憶によるものだと言われています。では、同一性の確認ができないことが普通で、できるのは何故かというふうに発想の転換を図った場合に、なぜ同一化の力学がはたらくのかについては、今のところ何の手がかりもありません。

 

 

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