人生意義のセオリー(6)愛


 

黄昏人モード

前の記事からのつづきです。

前の記事では「共感」の重要性に気づいたことを書きました。人類の社会性のベースと言える共感から幾つかの重要な心のはたらきが誕生します。そのなかでも、とりわけ人間らしい心の「愛」と「情」について、哲学として考察してまいります。この二つは「人生意義」に十分になり得る。むしろこの心なき「志」や「自己実現」は他の誰かの胸を打つことはない。「愛」と「情」を「愛情」というふうに一括りにしなかった理由は「情」の項目で述べます。

 

2.愛

まず愛の意味について事典から引用します。

愛(〔ギリシア〕agapē, erōs, philia〔ラテン〕amor〔英〕love)

愛は人間理性の規定対象ではなく、逆に人間を根源的に定める領域にあるので定義できないが、次のような諸特徴を示す。愛はまず明らかに情緒・感情・意志・志向的性格を帯びている。したがって他者との関係性を示す。

(『岩波哲学思想事典』p1)

上記引用後の概説内容を参考に他者を対象に替え、対象別に分類してみます。(私見含む)

〇 対象=人間・・・肉親愛、友愛、同志愛、恋愛、性愛、師弟愛。

〇 対象=自分自身・・・自己愛、ナルシシズム。

〇 対象=超越者・・・神愛、神秘主義的愛、仏の慈悲。

〇 対象=文化・・・芸術への愛、哲学的愛、伝統習俗への愛。

〇 対象=自然・・・山川草木への愛、郷土愛、動物愛、地球愛。

〇 対象=共同体・・・家庭愛、祖国愛、チーム愛、法人愛。

〇 対象=物質・・・愛車や長年使用し続けた装飾品など愛着をもつ愛用品。

〇 対象=空想・・・幻想的愛、虚無的愛。

その他の分類について同書では、生命愛と向死愛、利己愛と利他愛、サディズムとマゾヒズム、融合愛と独占愛、甘えと自律的愛、偏愛と博愛・公正な愛、などを愛の対置の方法例として挙げています。続いてもう少し引用します。

こうした愛の多様な関係性・志向性は、精神科学・人間科学・社会科学などの対象としてその属性が記述されようが、愛はむしろ関係を創ったり破綻させたりする意味で言語行為論的に働く。特に愛は他者との関係の中で働きつつ、人間存在の存在論的に特別な在り方を開示する哲学的意味をもつ。(上記同書同頁)

 

約2000頁の大著である『岩波哲学思想事典』は、思想哲学にかんして高い識見を有する専門学者606名が担当項目を執筆し、7名の編集委員と41名の編集協力者によって編纂されている。当然、編集委員らによって査読が行われているので信頼性は高い。上記「愛」の項目は神学者である宮本久雄氏が担当しています。

しかしながら正しい語義の解説との判断を私はしません。特に哲学思想事典という性質を鑑みれば、一人の学者の見識でありそれ以上でも以下でもない。いえ、けっして「間違っている」と言いたいのではないのです。

上記引用冒頭に「愛は人間理性の規定対象ではなく、逆に人間を根源的に定める領域にあるので定義できないが、」とありますけれど、「人間理性の規定対象ではない」「根源的に定める領域にある」の意味がよく解りませんし主観が入り過ぎている気もします。或いは、愛の哲学的定義を不能とする学問的態度というのは、直截に言って私には哲学からの逃避あるいは怠惰に思えます。ただし、「事典」の執筆であること、ご担当の宮本氏がカトリック教会司祭であることなどを勘案し、一つの見識としては参考にしたいと思いますし分類のヒントはいただきました。

私は「愛」の原理の解明、つまり愛は人間のどこから生まれてきたのか、そのメカニズムの全容を明らかにすべく沈潜してまいります。「共感」の重要性に気づいた今の時点では、それは十分に可能だとの確信めいたものもあります。

 

ところで、上記の対象別の分類をしばらく眺めていたところ、幾つかの構造的な法則性に気づきました。

1.愛は対象との「結びつき」に大きな価値を置いていること。その結びつきを強化したいという欲求、手放したくないという欲求が愛にはあること。

2.「結びつき」を強くしたい志向性は陽性であり、歓び、成長等への目的的欲求が内在していること。

3.「結びつき」以前に、対象に対しての共感があり、好意から始まっていること。知覚的、理性的、感性的、感情的、いずれかの好意。

4.人を対象とした場合、対象である他者と自己との相互共感性によるある程度の強い「結びつき」が愛には必須であること。

5.愛に客観性はなく、自我による主観性がすべてであること。

とりあえず以上ですが、これらの構造から何かが言えそうだとか、何かの原理が見えてきてるなとか、「情」との対比がわかりやすくなった等、今日の「愛」の哲学的考察は有意義でした。

「愛を哲学すること」はまだ始めたばかりで、「共感」「情」についても同様ですが、ここからが大切。光の届かない深淵への沈潜です。次は「情」についてです。

中段の対象別分類を見てもわかるとおり、人間を対象としての愛、家庭愛、郷土愛、芸術への愛…、「愛」は十分に人生意義になります。例えば、志や自己実現ではなく、「家族愛」に生き甲斐の最重点を置いて生きることも立派な人生だと思います。また、「家族愛」「素晴らしい家庭を築くこと」への啓蒙が(時間はかかるでしょうけれど)、現代日本の社会問題である少子化の最も強力な対策になると私は考えています。

 

人生のセオリー(7)情 へつづく。