〈自然〉について改めて考えてみる(1)


『気流の鳴る音』を読んでからというもの、すっかり見田宗介氏のファンです。著作集を揃えるほどです(笑) 同書は真木悠介のペンネームで書かれた本なのですが、なんていいますか、見田氏と「志向性」がぴったり合っていることに驚きました。興味を持つ方向性が同じという感じです。

見田宗介著作集第10巻に『晴風万里』という短編の論考があります。ここで語られているのは整体の世界で最も有名な野口晴哉氏のこと。内容については省きますが、見田氏の薦める本として野口晴哉著『治療の書』を挙げています。

“それはいくつかのわたしにとって最も大切な書物と同じに、「分類不能の書」、野口晴哉の『治療の書』としかいいようのない孤峰の書である。”(見田宗介著『晴風万里』)

これはもう買うしかないと思い、Amazonでみると中古しかなくてしかも最低価格約5000円から最高価格48000円!じゃあと思って出版社を調べてみると「全生社」のサイトを発見。新品の本がありまして2300円+税。現金振り込みしかできないとのことなので手数料がかかりましたが、送料含めても3000円ちょっとで手に入りました。

本の内容量は少ないのですが、装丁のクオリティーが高い本で一生モノになりそうです。文章が昭和前期の文語体なので、私にはスラスラとは読めませんが、逆にゆっくり読むことで一語一語の重みを感じています。

一部を引用します。

“人もともと目的なく生れたり。生れし後、いろいろと目的たてる人あれど この目的 人の生くる為の便宜也。生くる真の目的に非ずして、生くる目的は生くること也。

生くることの何なるか 人知らず  たゞ自然之を知る也。太陽の輝くも空の蒼く見ゆるも 人何の故か知らず。人の何の故に在るか  人知らず。たゞ生れたが故に生きんとする也。生くるを全うすること大切也。”(野口晴哉著『治療の書』p25)

私はこの一文だけでもう、この本を買った価値があったと思いました。野口氏の「治療」の根本には、〈自然〉があります。同書には一貫してこの「思想」が散りばめられているようです。まだ飛び飛びに一部しか読めていませんが。

見田氏と野口氏が共有している〈自然〉についての価値観は、西洋近代の「自然」とは全く異なります。私もお二人と同じ価値観を共有する仲間です。

そこで改めて、日本思想の〈自然〉を、西洋近代の「自然」や中国思想の「自然」と比較しつつ、深掘りしてみようと思いたちました。どのように展開できるかは未定ですが、成り行きで、それこそ〈自然に〉考えてゆこうと思います。

参考テキストとして、倫理学者の相良亨氏が最後まで研究し続けた「おのずから形而上学」について、ある程度まとめられた書『日本の思想―理・自然・道・天・心・伝統―』から、まず学びます。この本を読み解きつつ、〈自然〉について考え、何かを書き綴ってみようと思います。

この一冊でおなかいっぱいになってしまうかもしれませんが、丸山眞男『歴史意識の「古層」』、溝口雄三『中国思想のエッセンス』、『岩波講座 日本の思想 第四巻 自然と人為』などの本にも触れていきたいと構想しています。

 

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