「日本」という個性(3)


武士道といふは、死ぬ事と見附けたり

『葉隠』にある言葉です。

新渡戸稲造の『武士道』は、江戸時代の徳川家の方針によって朱子学(儒教)を叩き込まれた武士たちの、「武士の文化・規範・心得」を英語によって海外に紹介したものです。

一方、上記の『葉隠』(はがくれ)は1700年代前半に佐賀鍋島藩の山本常朝(つねとも)が武士の精神を口述したものを、藩士の田代陣基(つらもと)が書き留めた心得です。

武士道とは死ぬことなのか。

 

「武士道は死狂ひなり、一人の殺害を数十人して仕かぬるもの」と直茂公仰せられ候。

本気にては大業はならず、気違ひになりて死狂ひするまでなり。
また武士道において分別出来れば、早後(おく)るるなり。
忠も孝も入らず、武道においては死狂ひなり。
このうちに忠孝はおのづから籠(こも)るべし。

(タチバナ教養文庫版 『新編 葉隠』)

常朝が仕えていた藩主・鍋島直茂が言うには、武士道とは死に物狂いになることであり、そうなった一人の武士は、数十人がかりでも討つことは難しい。

本気ではまだまだダメで、気が違ったように死に物狂いでなければ武士の本懐を遂げることにはならない。

分別を考えてしまうと、気後れするようになる。

藩主に対し忠誠を誓うことや孝行などを考えるようであってはならない。とにかく死に物狂いで生きることだ。さすればおのずと忠や孝に成っているものだ。

 

勘定者はすくたるる者なり。
仔細は、勘定は損得の考へするものなれば、常に損得の心絶えざるなり。
死は損、生は得なれば、死ぬる事をすかぬ故、すくたるるものなり。
また学問者は才知、弁口にて、本体の臆病・欲心などを仕かくすものなり。
人の見誤る所なり。

(同書)

「すくたるる者」は臆病な者という意味です。

計算高く、何かにつけて「損か得か」を考える人は、常に損得勘定が心から離れていかず、死は損だと考え卑劣なことをしてでも死を避けようとする、臆病者だ。
また知識を頼り口達者な者は、臆病さや本心の欲を隠している者だ。

 

かの有名な『新渡戸稲造の武士道』とはまったく異なります。
男子であれば、『葉隠』のほうが共感できるのではないかと思うのです。

ここに見えるのは、死ぬ覚悟です。
武士として何をするにも、大前提に、死ぬ覚悟があること。

口先での理屈を嫌い、行動することに重きを置くことは、江戸武士が主に習った朱子学ではなく、陽明学に似ているように思います。どちらも儒教ですが。

 

物言ひの肝要は言はざる事なり。
言はずして済ますべしと思へば、一言もいはずして済むものなり。
言はで叶はざる事は言葉少なく、道理よく聞え候様いふべきなり。
むさと口を利き、恥を顕はし、見限らるる事多きなりと。

(同書 )

男子は、「能書きたれ」になってはいけません。

言い訳をしたり口先でとりつくろったりする男子は女々しい者として男社会では相手にされなかったわけです。言葉でどうのこうのと言うだけで、行動力がさっぱり伴わない者は男の風上にも置けない。
という文化があった。

昭和の終わり頃、おそらく20世紀末までですっかり廃れてしまった。
しかし数百年以上も続いた男の文化が日本にはありました。
現代では男の「勇」をすっかり見なくなりましたね。

 

今では「死に物狂い」の行動を起こせる男子はいないんじゃあないかな。
一方で「負」の物狂い的な犯罪が増えています。

 

なにか、志を胸に抱きコトを成そうとしたとき。
本気程度じゃダメなんだろうな、と痛感しています。
死ぬ覚悟がまだまだ足りていない。

沈着冷静に冴えた頭と、気が違ったような死に物狂いの行動力を併せもたないといけない。

 

 

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