所属欲求を生成する価値


 

夜の人モード

生物の行動原理として人は、「価値」を付け「欲求」する。あるいは自然欲求(生理的本能的欲求)の価値を生得的に所持している。次の段階では対象の価値を探す。または価値を偶然に認識して欲求する。価値と欲求は切っても切れない関係にあり、「生の営み」のすべては価値と欲求によって説明できる。

ナショナリズムや所属にかんしても、人それぞれに異なる範囲と異なる種類の価値付けを行っており、その欲求の度合いや関わりかたの源泉はすべて「個人」の心理にある。一個人の心理も時と共に変化しており千差万別だ。しかし我々は所属する際に、その所属先の仲間と「同じ価値」付けをし共感できていると考える。同じ価値にあたるのが客観であり、主観と客観を結び付ける概念を「間主観」と哲学者フッサールは名づけた。帰属意識の間主観のことを「共属感覚」といい、帰属客観のことを「共属意識」という。この点を押さえつつ、所属の欲求について考察する。

 


 

■ 所属先の分類

 

1.国家

地図上に国境という線を引いた領土。所属するためには国籍を置く。政治的共同体でもある。統治のために法秩序を一にする。

2.物理的境界のある共同体

都道府県や市町村などの地方共同体。町内会。国家とは別の法秩序、または習俗的規範を暗黙的了解によって共通ルールとすることが多い。他方、地球を星の境界と考えた場合のグローバリズム(地球主義)も地球人としての所属先となり得る。

3.郷土

生まれ育った土地。自生的所属。特にパトリオティズムとしての郷土愛や愛国心的な帰属意識の対象となる。小さなところでは出身小学校の校区とその周辺。山や海、川など自然環境や街の風景、子どもの頃に直感した人間味などが想起されることも多い。郷土を離れて他国で生活する人にとっては祖国として対象になる。

4.民族

基本的には血縁と地縁を軸とする。同一の言語や文化・習俗に連帯意識をもつ。世界中に散らばっている民族もある。「族」の最小単位は家族。特に伝統文化的に帰属し政治的国家の枠組みに反発する集団意識(主にマイノリティ)のことをエスニシティと呼ぶことがある。関連する言葉にエスニック料理がある。

5.イデオロギー

共産主義、社会主義、自由主義などの「観念」を社会原理として、自分が積極的に認め或いは推進したいとする立場。帰属する団体。左翼、右翼などの意識的および無意識的帰属も含む。イデオロギーじたいには思想や理念(イデー)が根底にある。観念学のことをイデオロジーと呼ぶ。

6.宗教

教徒、信徒として、その宗派団体(寺社・教会)に所属する。または団体的なものには所属せず、概念上で教義そのものに対して帰属意識をもつ。

7.利益目的の共同体

利益や給与を得るための会社や団体。ドイツの社会学者テンニュスはゲゼルシャフト(機能体組織/利益を上げるための人工的な組織)と名づけた。彼の分類では、この項目以外はゲマインシャフト(共同体組織)になる。

8.非営利目的の団体やチーム

学問や趣味、スポーツにおける団体やチームに所属すること。保育園幼稚園から始まり小中高大の各学校、学校内の部活動や同好会。趣味の例で言えば茶道や華道などの流派。ボランティア団体。応援するチーム(例えばプロ野球球団)のサポーターになること。

 


 

冒頭に書いたように、私たちは所属したいという欲求によって所属する。そしてそれぞれの所属先に対して帰属意識をもちます。

所属したいという欲求をもつには、その所属先に対する価値をみずからが認識している。あるいは価値の可能性に期待をしている。後者は「何か価値あるいいことがあるかもしれないな」というぼんやりとした直感です。

国家と民族が一致する場合、国家と郷土が一致する場合が日本人には多いと思います。ですので日本人はわりとナショナリズムにかんしての共有価値をもてる。ところが、多民族国家や民族が世界に離散しているユダヤ人、移民によって国家文化が徐々に崩壊していくイギリスやドイツ、フランスのケース、イスラム教徒のように線引きされた国家という概念がもともとなかった人たち、逆に宗教国家もあります。世界を眺めれば日本という国がいかに特殊なのかが再認識される。

宗教の場合、自分が生まれる前から「価値」が両親のもとにあって、価値に基づいて育てられることが多々あります。宗教を道徳的原体験として植えつけられれば、その基準に沿って共属意識に安心を確信しながら生涯を送ることも多いでしょう。

職業としての所属では、所得(お金)が価値として大きい部分を占める。

分類をしたことによって所属する価値が見えやすくなりましたのでまとめます。

 


 

■ 所属する価値

 

1.自己アイデンティティの一部

国籍、民族、故郷、学歴、経歴、信仰宗教、既存思想、所属会社、所属団体(チーム)などを、自分のアイデンティティの拠りどころにできる。アイデンティティについては別記事でやります。また、自分の名刺代わりに(或いは名刺に刷り込み)、他者に対し「自分はこんな人間です」としてアピールできる。

2.精神的支柱

集団の一員であることで安心感を得られる。所属組織(例えば国家)または所属先の成員に守ってもらえる。皆と一緒に喜ぶことで幸福感は増大し、皆と一緒に悲しむことで(または皆が自分の悲しみに共感してくれることで)苦悩は軽減されるなど。所属先の権威やブランドを自己投影でき他へ利用することもできる。

3.生きかたの原理

生きてゆく道の指針にできる。イデオロギーや宗教教義によって、世界や人間、自分という存在についての解釈と、どのように生きれば良いかという原理を、共属意識の中で仲間と一緒に「その道」を歩むことができる。

4.経済的利益

所得を得ること。

5.内容学習と鍛錬

学校や趣味のグループ、スポーツチームなどでは特に、学問の研鑽、技術の習熟、精神的鍛練など。

6.帰属意識によるモチベーション

所属先への帰属意識によって生じる、所属先への愛着。誇り。所属先の名声名誉を高めることで、成員としての自分の価値が高まる(ように感じる)。そのため、所属先の価値を高めるために貢献しようとし、大きなモチベーション要因となる。生きてゆく意義、生き甲斐になる。次の記事で詳述します。

 


 

上記は今考えつく限りではありますが、これらの価値に対して所属欲求が起きます。

名もない根無し草よりも、確固とした所属先の名前があったほうが社会的に有利です。また自分が何者であるかについて迷宮に入り疑心暗鬼に陥ることも無いでしょう。アイデンティティを確立しやすくなる。

新しい価値を自分で創出するよりは、社会一般に広く普及している価値に右へならえしたほうが楽であることに間違いはありません。長い年月の批判に耐えてきた社会的な器の価値には風格さえあります。

所属することによって受ける恩恵は大きいです。しかしストレスやリスクなどのデメリットも当然ある。物理的金銭的なことのみならず精神的なことや人間関係的なことも含めて、総合的に価値判断を行って所属するかどうかを決断し、所属を継続するかどうかを、人は随時判断しています。無意識的にも。

 

価値観は十人十色で一個人の心理状態も時々刻々と千変万化しますので、どの価値に魅力を感じ、どこに所属し、どのように所属価値を生かすか、所属先のどのような面に嫌気がさすかなどについては差が大きいかと思います。

そのなかで一つ主張したいことがあります。次の記事以降で予定している「帰属意識による愛と協働」「帰属意識と忠誠心による美学」で詳述しますが、前の記事で触れた「不安定・不確実性の時代」だからこそ、個人の精神的支柱とするために、「良き所属」をお勧めしたい。それも一つではなく二つ三つ複数あった方がいい。

私個人としては所属することを好まず、何十年もほぼ「日本国籍」という帰属意識だけで生きておりますし、新しい自己価値を創造することに生き甲斐を感じる者です。不安定や不確実性、変動性、混沌は気にならないどころか、望むところでもある例外的な人(苦笑)です。自他認識での非共感(自分が嫌なことを他者が好むことが多い)は織り込み済みですので、自分の無所属的な生き方を他人に「良い」とお勧めすることは致しません。逆にこうして「良き所属」をお勧めする次第です。