自分は弱いと思い悩んでいる君へ


自分は気持ちが弱い、なぜあの人やあの人のように強くなれないのだろう。強くなりたいけどどうしたらよいかわからない。弱さを克服した人の話を聞いても自分にはそんなふうにたくまくしくはなれない。自分が弱いと思っている人が本当は強いなんて言う人がいるけれど、詭弁の言葉あそびじゃないか。

ここまで考えることができている君は、すっかり欺瞞と闘える準備ができている。

欺瞞とは欺くことで、この記事では、自分が世間から欺かれていることと、自分で自分を欺いている自己欺瞞(自覚のあることと無自覚のことがある)について、君と一緒に考えてみたい。

 

■  世間のいう「自分は弱い」について

まず、「自分は強い」と宣言している人を私は見たことも聞いたこともない。いや、もしかすると内心で自分は強いと思っている人がいるのかもしれないが、ほとんどは「自分は弱い」への一方通行だ。

人間とは弱いものだからだとか、弱さを自覚出来ている人こそが強いなどというのは、なんのロジック(論理)も構成できていない詭弁であり、世間から個人へ向けての欺瞞だ。「自分は弱い」ならまだ良いが、「自分は強い」などと思い込んでしまったらそれこそ最悪だろう。想像してみてくれ。「俺は強いんだぞ」「私は強いんだよ」というのは根拠なき空虚な自信であり、こうした自己暗示はすぐさま谷底に突き落とされ更に傷ついてしまうか、または、傲岸不遜の生きかたになるのは自明だ。そうなりたいかい。

罪つくりなのは、「強い」「弱い」を語る世間のほうなんだ。

世間では何かにつけて「強い」「弱い」と言い、あるいは「勝ち組」「負け組」などとも言うが、これは論拠なき印象論がすべて。いわば雑音だ。特にインターネット上のテキストでの雑音に、無自覚のうちに自分が欺かれているということを、君は考えてみたことがあるかな。

 

■  無人島で独り生きていれば「強い」も「弱い」もない

強い弱いというのは誰かや何かを比較して評価する相対観念だ。「自分は弱い」というのも、他人や世間一般のなかでの自分を相対的に評価しているに過ぎず、無人島で独りならば比較する対象がいないし、全く文化の異なる中南米やアフリカへ行けば比べる価値観自体が変わってしまうので、強いも弱いもゼロからの仕切り直しになる。

「自分は弱い」というのは、自分の目の届く範囲で、自分が経験した範囲で、その平均値よりも自分が弱いのではないか、いやたぶん弱い、というふうに相対評価を下しているというのがまぎれもない事実である。なんと小さな世界のふわふわしたイメージに自分が翻弄されているか、ばかばかしくならないかい。

 

■ そもそも「弱い」の基準とはなにか

弱いの反対語は強いであり、相対評価は直線状で、例えば弱いを左に強いを右に置いて表すことができる。では、その中間点となる基準はなんだろうか。この直線的な形状の基準の正体とはなんだろう。

「誰が」、「いつ」、「どこで」、「どのようにして」、この基準を定めたんだい。

「誰が」はすべて自分に帰結する。「世間からみたら」という基準を作っているのも自分であるし、そう思っているのも自分自身だろう。自分の自己評価が正しい、自分の思い込みが正しいという根拠はどこにある。その証拠を示してくれ。

日本の統計でも世界の統計でもよいけれど、弱い人、強い人の普遍的評価のデータなど見たこともないし、心理学その他で著名な学者のエビデンスもない。そもそも有り得るはずもなかろうに。「いつ」「どこで」「どのようにして」強い弱いの基準を定めたのかは闇の中だ。

 

基準が自分自身の思い込みであって、自己暗示にかかり、深みにはまりこみ病いとまでなってしまう危険性を孕むのが、「自分は弱い」のレッテル貼りだということが少しはわかってくれただろうか。

自己欺瞞(自分を欺くこと)は自己正当化に使われることが多いけれど、自分に負のレッテルを貼って自分を追い詰めてしまう自己暗示は、無自覚な、負の自己欺瞞のひとつだ。

もしかすると君は、「おまえは弱いやつだ」と指摘されたことがあるかもしれない。あるいはそうした目で蔑まれたことがあるかもしれない。でも、百人の人がいれば百様の価値観があるし、その価値観にしてもケースバイケースで簡単に評価が覆ってしまうものだ。砂上の楼閣のような他人の価値観に自分の心が弄(もてあそ)ばれて、それで君はいいのかい。

 

■ 内向性と外向性の両面があることを理解しよう

自分のことを「弱い」と考えてしまうのは、自分のことに興味があるからで、この気持ちの動きを心理学者のC.G.ユングは内向性と定義づけた。自分とはいったい何だろうかだとか、自分の長所短所、自分の個性、とにかく「自分」「自分」であり、「私」「私」であり、意識のエネルギーが自分の内側へ内側へと向かう。(これは「俺が俺が」とは違う)

内向性は引っ込み思案で消極的との評価もあるが、何かのニュースで「もし自分だったら」と考えやすいのも内向性の特徴で、これは共感や内省の根っこでもあり、内向性自体に是非善悪はまったくない。

一方、自分の外に興味をもつ意識のエネルギーを外向性という。例えば、自分の表現によって外の人たちはどういう反応を示すのかに関心を寄せたり、自分のモノサシを捨てて他人に関心を寄せる。そのときに「もし自分ならば」という自分へのフィードバックは無く、純粋に外の世界へ意識が向かう。(自分へフィードバックするときには内向性を活用する)

人間には内向性と外向性が誰にでも備わっている。ただし、そのバランスは個人個人によって異なるというのがユングの見解だ。内向と外向のバランスを欠いてしまい、内向ばかりが強くなり過ぎると外の世界との壁を頑丈に作ってしまい、思い込みの牢屋に自分で自分を幽閉してしまう。

大事なことなので繰り返すけれど、内向性そのものに是非善悪はまったくない。それを活用する人間次第で、内向性の与える価値は千変万化する。

 

 

■ 他人に「弱い」「強い」というレッテルを貼らない

「これこれこういう人は弱い人だ」 などという文脈でのレッテル貼りは、そうしてレッテルを貼りたい人の自己正当化や自論正当化への心理的欲求がすべてだ。そこに明確な基準はなく、統計データや専門家のエビデンスもなく、ただただ「弱い」というテキストを、自分の価値にそぐわない人を攻撃するために使っているに過ぎない。

逆に「あの人は強い」という表現もまた、自分が弱いと思っている人を無自覚に貶めているかもしれない。案外、その、自分が強いと思っている人が外見上では飄々としていても、内心では相当な葛藤を抱え自己との血みどろの格闘を繰り広げているかもしれない。

その人に「あなたは強いですね」などと誉め言葉をかけても、相手の心に何も響かないどころか怒り出すかもしれない。大リーガーのイチロー選手が「天才イチロー」とレッテルを貼られて怒り出したように。

他人にレッテルを貼らないようになれば、不思議と自分にもレッテルを貼らなくなるというもの。

 

■ 「自分は弱い」という口実

少し厳しいことも指摘しておく。

「自分は弱い」と自己評価を下している、その心理のなかに、「だからしょうがないじゃないか」という逃げの口実は含まれていないか。無自覚にそうなってはいないかい。

「自分はこれこれこういう性格だから(或いは能力、年齢などを因として)、それは出来ない!」というふうに簡単に自分を制限してしまっている人に、その、出来ないと思い込んでいることをやってもらったところ、ちゃんと出来て喜んでいる光景を目にしたことが何度もある。

なんだ、やってみれば出来るじゃないか。

わざわざ自分に限界を作ってしまうのはどういうわけだろう。その限界設定は5歳のときにもあったのか、いや、なかったに違いない。

大人になってゆくにつれて、人間誰もが自分の体を大切にし、自分の心を大切に保守していこうとする、安心への欲求をもつようになる。自分は弱い、だからこれこれこういう場面では自分の心は壊れてしまう。深く傷ついてしまう。怖い。という、自分で捏造した論理によって自分を縛り、弱いということを口実に安心を得ようとし、色々なことから逃げてはいないだろうか。

人間の生きようとする底力には相当なものがあって、どれほどの苦境に陥っても、なんとか環境に適応し打開していこうとするものだ。

 

■ 漠然とした印象論でなく論理的に思考しよう

「自分は弱い」は他人の誰かや社会一般を相対比較しての自己評価であることは述べたとおり。しかもその基準はまったく信用ならないものであるということも。

しかし人間である限り相対比較をどうしてもやってしまうかもしれない。

そうしたときに「強い」「弱い」というふうな漠然とした印象論ではなく、いったいどんなところを自分が弱いと思い込んでいるのかを徹底的に自己分析してみよう。三日坊主であきらめてしまうのは意志の力が弱いのか忍耐力が弱いのか、他人に気圧(けお)されてびびってしまう、反論できなくなってしまうのは勇気が弱いのか表現力が弱いのか、他人のことばが心に刺さって傷つき引きずりやすいのは抵抗力が弱いのか切り替え力が弱いのか、こうして自分の力の分析をしてみる。心の整理が出来てくることがわかるだろう。

しかし、すべてにおいて意志が弱いことは無いだろうし、表現力も抵抗力もそうで、時と相手、内容、自分の心の状態などによってちゃんと力を発揮している場面は案外あるものだ。

加えて、欠点の裏返しには長所が潜んでいることが多いということも忘れてはならない。

ここが欠点だから直そう、この力を強くしようと思うのは結構なことだが、それが負担になるとますます泥沼にはまり込んでしまい「やっぱり俺は駄目なやつだ」との思いを強くしてしまうかもしれない。次こそは、次こそはと、あきらめずに何年もかけるつもりで自覚だけしておけばいい。克服ができれば、そこからの後戻りはないのだから。人生は君が思っているよりもたぶん長い。

 

最後に、もし君が 「自分は弱い」 を克服した時には、自分は弱さを克服して強くなったとは、けっして言わないでほしい。特に他人に自分の経験を自慢げに語って、「あなたもやればできる」などとアドバイスするのは愚かだということを、君が一番わかっているはずだ。

その時には、「自分は弱い」 は幻想だったことが解ったと言ってほしい。

 

 

 

変革の実践、『陽明学』


東郷平八郎、西郷隆盛、吉田松陰、三島由紀夫、高杉晋作、佐藤一斎、大塩中斎(大塩平八郎)、彼らの共通点は何だと思いますか。

今日は『陽明学』について少し書いてみたいと思います。

世間では陽明学と言うと、すぐ革命的な思想・学問、世紀末的な暴動、叛乱の論拠になる学問、又陽明はその典型的な人物である、という風に考える。従ってこれは、信奉する側からいえば革命の書・思想であり、反対する側から言えば危険な人物・学問である、ということになるわけで、そういう考え方・議論がほとんど常識のようになっております。

これは取るに足らぬ浮薄なことでありますけれども、しかしそれはそれで大いに理由はある。と言うのは時代や人心が頽廃(たいはい)してまいりますと、人間には心理、従って良心というものがありますから、必ず警醒(けいせい)自覚の思想・学問・言論が興ってくる。

(PHP文庫版 安岡正篤著『人生と陽明学』)

 

冒頭に挙げた先人の顔ぶれを見ると、いささか過激な思想のように思えますけれど、陽明学の元々は『論語』の孔子を始祖とする儒学思想です。その源泉の中国での詳細は省きますが、王陽明(1472-1529)という軍人系思想家が儒学を実践むきに仕立てた学問です。

彼とその弟子たちの問答集『伝習録』が日本に渡ってきたのですが、この『伝習録』を読むとまったく過激ではない。要するに、王陽明の陽明学(王学・陸王学と呼ばれた)と、日本人の陽明学の内容には乖離があります。

 

偶然にも、中国の陽明学と親和性が高い日本の思想・文化が数多くありました。

日本に渡ってきた陽明学は、武士道(新渡戸稲造の武士道ではなく『葉隠』に近いほうの武士道)、禅、神道、老荘思想などと混ざり合って、日本独特の「日本的陽明学思想」へと発達していった。一方、中国の陽明学は王陽明の死後しばらくすると没落し姿を消してしまいました。

日本の「陽明学」とは、いま風に言えば、実践によってイノベーションを起こす思想・学問です。この「実践」が非常に大事で、それも熱情的実践なのであります。

そういうわけですから、大西郷には大西郷の、三島には三島の、松陰には松陰の、それぞれ自分の信条を混ざり合わせた、少し違った陽明学を各々が胸に抱いていたのです。

 

安岡正篤先生は、大学を卒業する際に陽明学について書いたものが『王陽明研究』として出版されることとなり、それ以降、陽明学者というレッテルを貼られてしまいます。レッテルを貼られることが本意ではない安岡先生は、以降、『論語』や『大学』などの儒学、老荘思想、禅について、多く取り上げるようになります。西洋の学問にも言及は多いのですが、特にオルテガの『大衆の反逆』を高く評価しています。

2017年のいま、軽佻浮薄な世相に人心の頽廃はあきらかにもかかわらず(日本だけでなく世界的にだと思います)、日本精神が落ちぶれた時代には必ず「喝」を入れ続けてきた陽明学はどこへ行ってしまったのか。まだどこかで生きて息をしているのだろうか。安岡先生を最後として陽明学の血脈は途絶えてしまうのだろうか。

少なくとも私の中には小さく生き続けています。

だらしのないことに、この炎は消えそうになったり弱火になったりするのですが、なんとか消さずに生が尽きるまで燃やし続け、社会活動をとおして力強く実践し続けていきたいと思っております。

そこにしか取り柄がないし、あほやし、やらなしゃあないやん。

がんばるぞ、っと。

 

 

幾つになってもこころざし


荒川区南千住にあるスサノオ神社へ行ってきました。

昨日記事に書きましたが、今日の午前中、無事に公証人役場で定款認証が終わり、法務局へ出向き登記申請を完了しました。設立です。2月1日という日がなんか好きなんですよね。生まれ月の始まりの日だからかもしれませんし、2、1、0、どっかーん!のカウントダウン的雰囲気が好きなのかもしれません。12か月の中で2月の1日が特に好きなんです。

無信仰なので神頼みはしないのですが、なんとなくモチベーションが上がる気がして、約1時間かけて荒川区南千住へ。

なぜかと言えば、ネットで友人となったかたに、私の印象はスサノオだと言われたことがあって、たしか人格が多面的だからと。(いや、破壊的だと思っていてもそうは口に出せないよね、苦笑)

というわけでずっとスサノオが気になる存在になっていたのでして、じゃあ、スサノオの神社ってどんな感じなんだろう、この機会に行ってみようかなと。

さすがスサノオだけあって神社の雰囲気が力強かった。

誰かと一緒であれば、お賽銭入れて拝むのを付き合いますが、独りだったので拝みませんでした。いろいろと写真を撮ったりしてましたから、タダってわけにもいかないなあと思い、記念品として勝守を買いました。黒のお守りって珍しくないですか? かっこいい! 思わずこれを!

 

静かな船出ですが、心の内面は炎で燃え盛っております。スサノオ魂注入してきましたし。

大志を抱く権利は少年にだけあるものではなく、万人にある。昨年101歳で亡くなられたむのたけじさんは、反骨の炎を死ぬまで絶やさずに志をもっておられたと思います。心理学者のカール・グスタフ・ユングは85歳で病床の身にありながら死の直前まで著書を書き続けていた。

なぜ老いてなお、そうまでして頑張るのか。頑張ることができるのか。

それは、「伝えたい」からなのだと私は思う。

自分の死後に生きる人たちに伝えたい熱い志、伝えたいことば、伝えたい哲学、伝えたい気概。

命の灯が細くなりながらもなお、大きな炎として燃えさかる。燃え尽きるまで全力で伝えきろうとする。

 

80歳にして新たな志を抱き立ち上がる人がいていいじゃないですか。

昭和までのロールモデルは年寄りになれば盆栽をいじって、ラジオ体操に出て、旅行を楽しんで、若者たちから離れ隠居して余生を暮らすスタイルだったのでしょう。

耄碌して認知症になってしまったり病弱になってしまったり、気力が萎えてしまったりした人は仕方ありません。

けれど今の時代、まだまだ気力充実していてエネルギーが余っているにもかかわらず、隠居常識へと自分で自分を押し込めてしまっている60代70代の人、多数おられるんじゃないかと思うんですよねえ。それは社会損失ではないですか?

 

人生80年と言われていましたが、最近では人生100年へと徐々にシフトしています。70歳になったとしても、まだ30年間あるんですよね・・・。

世を憂い社会変革を思うのならば、まずは自分変革ではないかと、世間の古いロールモデルに追従することはないと、今日スサノオが私にそう耳打ちしてくれました。

 

こころざしはできています。

がんばります。

 

2017年 希望の海へ


ここと同じくして元旦にアップした私のビジネスサイトにも書いたのですが、今年は特に「何のために生きたのか」にこだわってみようと思います。

「何のために生きるのか」ではなく、「生きたのか」と捉えることに意義がある。
いつか私は死ぬわけですが、そのときにはおそらく、「おまえは何のために生きたんだ?」と自問自答するような気がします。

社会の理不尽さに手も足も出ず見て見ぬふりをしてあきらめモードに入り、世は無常だと悟った気分となって自己正当化に逃げるようなことだけはしたくない。戦わずして守りに入るような自分を死ぬ間際の未来の自分は絶対に許さない。私に残された時間はそれほど長くない。

2017年、陸地が全く見えない広大な海へ、海図もなく計画もないまま、捨て身の覚悟で変革に挑戦してゆきます。

行く先には必ず感動があるに決まってる。

 

 

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