リベラリズム考(5)―個人主義(ⅰ)


今回は前回の流れからリベラリズムの批判と吟味についての論考を書く予定をしていたけれども、まだ批判には早いと考え直した。リベラリズムの別の側面についてを更に考究するために路線変更をし、今回は、個人主義についての考察をしてみようと思う。

リベラリズムの性格の中核には個人の尊重がある。

日本人は海外からの評価的にも自己評価的にも、「個人」として成熟していないと思われ思いがちであるところは皆が知るところだろう。いったい「個人主義」とは何か、日本人がよく使う「個人的にはなんとかかんとか」という表現。正しくは私的にはなんとかかんとかを使うべきで、個人と私人の使い分けをしっかりしよう。この表現の「個人」(私人)とは異なる西洋思想に根付く個人主義への理解を深めよう。

あらかじめ書いておかねばならないのは、個人主義が確立されている欧米が優れているだとか、進んでいるだとか、あまり確立されていない日本文化が劣っているだとか、相対的に優劣是非を判断するものではない。前記事の後半に山口真由さんの論考を引用したが、日本社会の連帯性や曖昧調和性、全体のためならば個を抑えるという態度は、もしかすると彼女が述べているように、アメリカの限界を超えうる価値があるかもしれないのだ。

「個人主義」という日本語的な先入観をもたずに、西洋のインディヴィデュアリズム(個人主義)について考えてみたい。

 

■ 個人主義 [英] individualism

個人主義は、(1)個人と社会の関係や存在性格についての〈存在論的主張〉、(2)社会現象・構造の分析・記述は、成員諸個人の選択行動のそれに還元されるという〈方法的主張〉、そして、(3)個人の生き方や価値の選択の仕方についての〈規範的主張〉という、密接に関連するが相対的には独立の、複数の主張の複合体である。

(岩波書店版 『岩波哲学思想事典』)

 

上記のとおり、個人主義は大きく3つの要因から成立していることが定説となっている。おそらく日本人が描く個人主義のイメージは、私人主義、孤高主義、利己あるいは自己主義という感じではないだろうか。

西洋思想での個人主義をざっくり私なりに表現するならば、「人間の一人として」を重要視する「個体主義」である。個人主義はコミュニタリアニズム(共同体主義)に対立しない。むしろ融合する。対立させるとすればトータリアニズム(全体主義)だが、基本的な性格が異なる(上がっているステージが違う)ので対立概念とするのは不適切である。相対的見地の先入観および対立二元論は足かせとなるので捨てる。

まず、どのようにして西洋のインディヴィデュアリズムが成り立ってきたかである。少し長い引用になるけれど丁寧にやります。上記の引用をつづけよう。

【個人概念の生成と特質】

したがって個人主義を考えるにあたっては、〈個人〉という概念が、〈社会〉と〈規範〉の双方にかかわる基礎概念として登場してきた歴史を確認する必要がある。

古代の神話・悲劇に明らかなように、集団と個人との軋轢は、太古からの倫理学の根本問題であり、その意味では、個人という概念は、言語・意識と同世代である。

しかし、近代以前では、個人(individual)という概念は、集団を分割(divide)していくと、それいじょう分割できない(in-)部分=基本要素、でしかなかった。しかし近代化とは、そうした集団ー部分(要素)という図式によっては、イマ・ココなる自己であるということが把えきれなくなる、という出来事であった。

西欧にそくして言えば、一方では、囲い込み、ペスト、農民蜂起という大規模な死・流血と相互不信をも伴って共同体が解体し、他方ではむしろ「共同体が果てる」ところ=市場における匿名の個同士としての交換が、生活物資の調達の基本回路となることによって社会関係が再編されるとともに、個人であること、共同体に属していることとの乖離の意識もまた強まっていく。

こうして「集団の部分=要素」としては同定できない存在として、個人という概念が形成されてくる。

個人の決断を最優先させる宗教改革や、自己意識の明証性を唯一の基盤とするデカルト哲学は、こうした個人概念の生成の重要な里程標である。

このように個人という概念は、共同体が解体して、社会全体が人のいかんを問わない諸機能システムの複合体として自律化することと相関的な概念である。

(同書)

 

一読しただけではイメージを掴みきれないが整理していこう。

 

(1)存在論的主張

これは古代ギリシャ哲学から連なる「全体」と「個」の相関的テーマである。いわば人間を物質(物体)として捉える、アトミズム(原子論)的主張。

個人は個体(原子)として自律的運動を行うが、個の集合体である社会もまた有機体のように自律的運動を行うという考えかたである。したがって存在論的主張としては個人主義と全体主義は同根に扱われる。

個人が全体を利用するのか、全体が個人を利用するのかは、どちらか一方を優位に立てることはできない。なぜならば、個人の利益のために社会があるとするときに、その社会は個人の集団を全体として扱わなくてはならなくなるから。社会を運動させるのが特定の個人になるのならば、政治的には独裁政治へ向かうし、全ての個人が納得できるような社会の運動は不可能である。

よって個人主義の存在論的主張においては、哲学的考察は続けるとしても、個人の自律と社会の自律が存在すると述べるにとどめるべきだろう。

この「自律」については次の記事でとりあげる。

 

(2)方法論的主張

個人を運動体として捉えるところで、社会を記述する方法論として個人主義を使うという、社会学の範疇にある、客観視点をもとにした主張。

社会契約論が絡む。

「個人」に焦点を当てるのではなく、「個人主義」そのことに焦点を当て、個人主義ありきで、社会を個人主義と個人主義の契約から説明しようとする理論。

リベラリズムとの関連性が無いわけではないが、今回はこの部分を掘り下げることは省く。

 

最も重要であると思われる(3)規範的主張については、稿をあらため次の記事で連続して書いてゆく。

 

 

リベラリズム考(4)―Liberty


多義的であるリベラリズムの淵源が啓蒙と寛容にあることを再確認した。次は、啓蒙と寛容がいかにして「Liberty」に結びついていったのかについて、自由と邦訳されるリバティの本質とは何かを考えてみたい。

まず英和辞典から「liberty」と「freedom」を引いてみよう。

■ liberty

【自由】
1.(圧制、外国支配などからの)自由;(監禁などからの)解放、釈放
2.(権利としての)自由。信教の自由、言論出版の自由。
3.自由、許可。(出入り、使用などの)自由
4.〈特に許された自由〉。(王などから与えられた)特権、特典。

【過度の自由】
5. 勝手、気まま、無遠慮。

■ freedom

【束縛のなさ】
1.解放。免除。(例)飢えからの解放。痛みからの解放。偏見のないこと。

【自由】
2.自由。(例)自由な身分、自主独立。学問の自由。行動の自由。
3.自由。権利。自由に利用できる・・・。

【拘束のなさ】
4.のびのびしていること。自由奔放。自由自在。

(三省堂版 『グローバル英和辞典』)

 

ヨーロッパの自由は遠く古代ギリシアから始まり、様々な変遷を経て現代に至っている。よって上記のように多義的である。そのなかから近代的自由についての定説の一部を以下に引用する。

[英] freedom,liberty [独] Freiheit [仏] liberté

近代的な意味での自由の観念は、自由が、人間が人間であることに基づく権利として観念されることによって成立した。(中略)

古代以来、自由であることは、外的な干渉の排除と従属民への支配を現実に行いうる能力=権力を有するということを意味してきた。それに対して、近代的な自由の観念は、そうした個別具体的な能力=権力にではなく、人間の普遍的属性に結びつけられた。

(岩波書店版 『岩波哲学思想事典』)

 

日本の「自由」についての記述はこうなっている。

明治期には、当初、liberty や freedom の訳語として、〈自主〉〈自在〉などが用いられ、〈自由〉は否定的なニュアンスをともなうことが多いので避けられていたが、中村正直『自由之理』が現われるに及んで、訳語として定着し、自由民権運動において積極的に主張されるようになった。

(同書)

 

おそらく多くの日本人が「自由」のイメージとして描くのは、自由自在な存在のフリーダムのほうではあるまいか。福沢諭吉もリバティの邦訳は難しく適当な語が無いと述べていた。

フリーダムは既に自由になっている状態を表わす。

表現の自由、言論の自由は、既に権利として確立されている自由なので、Freedom of speech である。

一方、アメリカ建国の精神の象徴である自由の女神像は、Statue of liberty だ。

語感は次のようになるのではないだろうか。

フリーダムは、既に存在している自由、有している自由。自由な状態にあること。客観的。

リバティは、自由になろうとする、自由を獲得しようとする。動きが伴う自由。主体性がある。

 

リバティには政治的、権力的束縛からの解放を欲するといった語義が含まれており、それが「啓蒙」と「寛容」を引き込み、社会運動としてのリベラリズムへと繋がったのだろう。但し、運動としてのリベラリズムは、風潮や社会をつくることで個人にフリーダムを与えようとしているわけで、いわば「社会という権力」を使い全体の個人へ圧をかけようとするため、本来のリバティとは異なる性質のものとなる。(後述で捕捉する)

また、完全なフリーダムは無く、例えば表現の自由にしても、個人の名誉を傷つけないこと(基本的人権の優先)、公共の福祉に反しないこと、個人の自由を抑圧しないことなどの「制限付き」のフリーダムである。日本国憲法にも自由権の濫用は認めないとある。

既に確立された制限付きのフリーダムの権利を守ろうとするのはもはやリベラリズムとは呼べず、保守の領域になってくる。そのための運動やデモは保守的運動だと言える。憲法改正に反対する勢力、護憲派と呼ばれる人たちは、このテーマでは保守ということになる。

 

山口真由氏の著書 『ハーバードで喝采された日本の「強み」』 に、アメリカ生活で体験したリベラリズムをすっきりと言い当てている一文があるので紹介する。

宗教などの伝統的価値観を尊重するコンサバと、そういう伝統を打ち破り、個人の選択で自分の人生を切り拓くことを是とするリベラル

コンサバとは、[英] conservarism [仏] concervatisme 邦訳で保守主義

保守主義とは常に自己の時代をなんらかの解体の時代と捉え、それ以前のものの固有の価値を自己の時代と次の時代のために救い出そうとする思想である。

(岩波書店版 『岩波哲学思想事典』)

保守主義の歴史も古く、また現在でも多義多様であり、「旧保守主義」「青年保守主義」「制度論的保守主義」「新保守主義」「解釈学的保守主義」などがある。政治的保守、経済的保守、思想的保守、文化的保守などのジャンルに分けてもさまざまとなって、完全な保守主義だとか真の保守主義は有り得ない。それを強引にコンサバ派とリベラル派の二極対立構造に持ち込んでいるところに、アメリカの深い病い(思考停止と国民の分断)がある。

 

さて、リベラルについて山口さんは、「個人の選択で自分の人生を切り拓くことを是とする」 としている。まさしくそのとおりで、人生は自由で自主的な選択と決断の連続だ。

同書には最高裁判事の文言が引用されている。

人権の基本は「政府からの自由」であって、「政府による自由」ではない

アメリカ政府があなたに自由を与えるわけではない。政府があなたの自由を、違法行為などを除き限定的にしか束縛しないということ。自由権を行使したければ自主的にどうぞ、だ。アメリカ人の自主自立の精神、我らがリバティによって建国してきたという自負と誇りがうかがえる。

このように、現状行われているリベラリズムの一部、ポリティカルコレクトネス運動は社会が自由を個人に対し準備しようとするもので、リバティとは異なる。否、むしろ「個人の自主性による、自力で自由を勝ち取る権利」を奪いとる負の運動という矛盾をはらみ、「リベラル」という言葉には欺瞞がひそむ。

 

リベラルは未来へ向かって善い方向へ変えていこうとすることであり、人間の理性を信じ、人間が進歩していくものだという思想に支えられる。

一方のコンサバは、人間は不完全であり放っておけば悪いことをする人が多くなる。だから法や宗教、伝統的秩序での束縛が必要だ、変化は進歩ではなく退廃や混乱、不安定を招くことが多々ある、という思想に支えられる。

17世紀までは世界的にコンサバが主流だったが、産業革命や科学革命、進化論などの影響もあってリベラルの台頭がある。中国では孟子の性善説よりも荀子の性悪説、韓非子などの法家思想が主流となった。一方の日本では性善説が日本流に加工され、庶民に浸透し、社会信頼につながった。根本的に日本社会の底流には「善きものをどんどん受容して変化に対応していく」というリベラリズムがある。細かな法律を必要としない社会が19世紀まではあった。

本居宣長はこう述べている。

道あるが故に道てふ言(こと)なく、道てふことなけれど、道ありしなりけり

私の意訳になるが、社会に「道」(世の善き秩序・規範・道理)があれば、わざわざ「道」を言葉として書いて広めることもなく、古来より日本には、なんの「道」も無いように思えたが、実は、全国民、庶民の空気・風土によって造られた「道」があったのだ、ということだと思う。

 

最後に、本テーマからは少し外れるけれども、山口さんの上記同書から、どういう日本の「強み」がハーバードで喝采されたのかについて、要点を簡略的に引用する。

〇 二極対立に陥っている限り、対立する両者は永遠に平行線のままだ。だからこそ、今アメリカをはじめとする世界はさらなる次元への進化を欲している。そして、そのヒントは日本の文化の中にあったというのが私の主張である。(p163)

(中絶問題に関して、アメリカの国論は悪と正に二分されているというテーマで)
〇 中絶という選択を100%悲しいというのも、100%満足しているというのも、嘘くさい。人間の複雑な両面性が見えて、私たち日本人は初めて中絶した女性の感情をリアルに感じる。ところが、二極対立構造では、この人間の複雑さを捉える術はない。どちらのウェブサイトの体験談も女性たちが嘘を語ったとは思えない。(中略)中絶を経験した女性たちの心の機微は捨象され、二極フレームに合うシンプルなストーリーに当てはめられていったのではないかと思うのだ。(p175-176)

〇 私たちの文化は白黒つけずに『グレー』をそのまま受け入れます。(p183)

〇 個人の権利を重視するアメリカに対して、日本は社会のなかの連帯と調和を重視します。家族の一員として個人がいて、家族は地域を構成し、その地域の広がりが社会を形づくっていく。家族、地域、社会と連続してより大きなものへとつながっていく。この周囲との関わりのなかに個人がいるという発想は、今でも日本に残っています。(p185)

〇 そう、アメリカの「二極対立」文化とは真逆の、「曖昧調和」文化とでもいうべき風土を日本は持っている。そしてそれは、アメリカの限界を超えうる、大きな可能性を秘めたものだった。(p186)

〇 曖昧さのなかで調和を重んじる。個人が家族を構成し、家族が地域のなかに溶け込み、そしてその地域の延長線上に社会がある。こういう発想のもと、日本社会には、対立軸を明確にするよりも、対立が表面化しないように、違いを曖昧なまま呑み込む風土があった。異なる文化を取り込みながら、固有の文化のなかに溶け込ませてきた国の知恵である。

家族や地域コミュニティという、集団のなかで生活する日本においては、他者への配慮が必要不可欠だ。相手はどういう背景を持って、どういう思考体系を持ち、表情の裏で実際には何を考えているかを想像する。他者に配慮し、同化する風土が日本にはあった。

その吸収して、同化する力を、私はハーバードで評価されたのだろう。(p206-207)

 

日本の「強み」は二つあって、白か黒かでの二極分断を避ける知恵としての、複雑な曖昧さを受け容れ育てる『グレー』の文化が一つ。(アメリカはパッチワーク、日本は中で溶け合うごちゃまぜのスープという表現を使っている)

もう一つは、妥協したくなる自分と戦って、勤勉に努力し、技を極めようとする日本の職人文化からくる気風だと述べている。(※関連コラム:日本人の己の心にかんする純粋性への追求。 『「日本」という個性(7)』 の特に後半部分。)

本書を読む限りにおいて、彼女個人にはリベラリストの傾向を感じるけれども、日本を愛し、伝統的なよき文化を見直し生かしていこうとするコンサバの心が根っこにあることがよくわかります。最後のほうに次の一文がある。

私たちは極端な自己否定に走ることも、過ぎた自己肯定をすることもなく、等身大の日本を、そのまま誇りに思うべきではないか。(p220)

 

次の記事では、本記事の中盤で少し扱ったリベラリズムの欺瞞と矛盾に対する批判を含め、リベラルの吟味をしてみたい。

次の記事では個人主義について考えます。

 

 

リベラリズム考(3)―寛容


前の記事では啓蒙思想を扱った。

[仏] Lumières [独] Aufklärung [英] Enlightenment を日本語に翻訳した「啓蒙」の二文字には、ヨーロッパの各時代の歴史、そこに生きた知識人たちの葛藤と格闘による膨大な叡智が凝縮されていることを学んだ。こんにち、単に「リベラル」という語を軽く扱う現代の知識人、特にマスメディアや政治家、評論家は、啓蒙の叡知とそこに至るまでの血の流れた争いを心底理解しているのだろうか。私には、「リベラル」という人類叡知の言葉の重みを熟知し、使用表現している人がとても少ないように思えてならない。

今回の記事では「寛容」について調べ、それがどのように現代的価値におけるリベラリズムの一側面へと発展してきたのか、道筋を明らかにしていきたい。

 

■ 寛容

[ギ] epiekikeia, eleutheria [英] tolerance

寛容の理念は、宗教的信仰や政治的権威に対し自由な理性と良心を掲げたギリシア哲学に発し、アリストテレスにおける寛大さ generositas の徳は、人々の共同体的で和合的な倫理として、ルネサンス思想や近代哲学に継承された。

またストア派におけるコスモポリタン的な自然法論やエピクロス派における精神の静寂は、古代ローマの個人主義的寛容や帝国の寛容政策を育んだ。(中略)

十字軍、宗教内乱、異端審問など甚大な血の犠牲が払われた後、宗教改革による教会の多元化と管轄制がアウグスブルクの宗教和議によって認められ、寛容は宗教的自由を意味する美徳へと転化した。(中略)

宗教的寛容を主張した自由思想としては、エラスムス、モンテーニュ、ベールのように理性と信仰を峻別する懐疑主義的ヒューマニズム(※1)、宗派より平和と公的秩序を優先させたボダンらフランスのポリティーク(※2)、宗教と教会に対する政治と国家の第一義性を主張したホッブスなどのエラストゥス主義(※3)、思想と言論の自由そのものを主張したミルトンやスピノザなどの系譜がある。

その集大成は、政教分離と真の道徳・宗教をみいだすための寛容、および自然権・市民権としての良心の自由を主張したロックにみられ、理性の、信仰に対する優位を説いたボルテール、ディドロ、レッシング、カントなどの啓蒙思想の寛容論に大きな影響を与えた。

ロックにおいても政治的に危険な勢力(カトリックと無神論)に寛容が認められなかったように「寛容は不寛容の反対ではなくその偽装である」側面をもっていたため、19世紀以降は、政治的党派の活動や少数意見の自由と共存を保証する政治的寛容や、アンチ・セミティズム(※4)の勃興にともなう人種的寛容が、民主主義の問題の焦点になった。(中略)

概して近代自由主義的思考のなかで培われてきた寛容の理念は、普遍的絶対的な真理や価値に理性によって到達するための手段なのか、あるいは根源的な多元主義・相対主義の当然の帰結なのかという、根本的なアポリア(※5)を含意し続けてきた。

エスニシティ(※6)・ジェンダー・慣習・法・教育など日常生活全般にわたって文化的多元主義が問題となった現代では、国家のみならず地域・学校・家庭等々における社会的寛容が問い直され、近代自由主義のアポリアをのり越える寛容概念の再構築が求められている。

(岩波書店版 『岩波哲学思想事典』)

※1 懐疑主義的ヒューマニズム・・・人間の理性を疑い信仰主義を提唱しつつ、人間そのものへの関心をもって本性や尊厳を考察する立場。
※2 ポリティーク・・・宗教よりも国家を優先させる、政教分離の土台となった考え方。
※3 エラストゥス主義・・・(主にキリスト教)教会は国家に帰属するという立場。
※4 アンチ・セミティズム・・・一般的に反ユダヤ主義
※5 アポリア・・・哲学的難問。および難問がひきおこす困惑。
※6 エスニシティ・・・人種、民族とならぶ人間の帰属意識の一つ。主観的には文化や言語や信仰などの属性によって分類された人びとの共属感覚であり、客観的にはある集団の一員であることを示す基準でもある。(『岩波哲学思想事典』)

 

啓蒙思想と同じく、西洋が寛容へ向かったのは宗教的ドグマに対する抵抗が主要因だった。私たち日本人にはちょっと想像できないレベルの、西洋における強い宗教支配があったのだと思う。

「和合的な倫理」という文言を読んで、わが日本古典の「和を以って貴しと為す」の精神を思い浮かべた人もいるだろう。多民族が入り混じり、一神教に偏重し、自我と自己主張が強い西洋人の「和合」は、多神教の日本とは比較にならないけれど。

すでに古代ギリシア時代に「個人主義」の端緒があった。日本人がイメージする個人主義とは利己主義だとか孤立主義、個人優先主義のようなものではないだろうか。ヨーロッパの個人主義には二千年を超える歴史と多様な側面があって一概に言い切ることはできない。個人主義はリベラリズムの一側面でもあるので、別の記事で学んでいきたい。

 

懐疑主義は人間の理性を信用しないがゆえ保守主義であり、神への信仰が必要だとする。しかし人間は神の下僕や奴隷ではなく、ひとりびとりが価値あるもので尊重されなくてはならないという人文主義のヒューマニズムが盛んに言われた時代があった。

寛容は、思想と言論の自由をここに生みだした。

宗教と政治を分けた政教分離も寛容から出たものだった。

そうして宗教信仰よりも理性を優先する気運が、啓蒙思想と寛容を結び付けた。啓蒙主義の理性偏重では自分勝手な正義へ暴走する可能性がある。啓蒙の暴走を抑制する役目を寛容が担った。

 

しかし、寛容はそのままでは不寛容な思想や態度を内包できない。なぜならば不寛容が自分勝手に振舞い、(現在の北朝鮮やISのように、或いはかつてのオウム真理教のように)放置すればやったもの勝ちになって寛容な社会が破壊されてしまう。ゆえに、寛容は不寛容に対して不寛容にならざるをえない。寛容のパラドックスである。アメリカの民主党はリベラルであるが、オバマがアフガニスタンやイラクに対し戦争行為で制圧しようとしたり、リビアの独裁を許さずに攻撃したりしたことは、アメリカリベラル的な寛容が不寛容を許さないことの証左である。

寛容のパラドックスの克服については、このシリーズの最終章で述べる。

 

寛容のアポリアは現代の人類が直面している、最も大きな現実的課題だろう。

文化多元主義は、ダイバーシティ(多様性を認める社会)という語で近年は語られるが、思想史的には、マルチ・カルチュラリズム(多文化主義 multiculturalism )が先行しており、そこからポリティカル・コレクトネス運動が派生している。

マルチ・カルチュラリズム・・・一つの国家ないし社会の内部に、複数の異なる文化が共存できるよう集団間の政治的・経済的・社会的な不平等を是正しようとする運動および主張。一つの文化(言語や宗教など)のもとに国民国家を統合しようとしてきた「同化政策」に対立する。各文化に固有な価値を尊重しようとする点では「文化相対主義」に通じるものがあるが、たんに異文化の内在的理解を説くだけでなく、同一社会のなかの複数の文化を等しく尊重しようとする強い実践的志向を有する。(上記同書)

 

啓蒙と寛容の歴史を少し辿っただけで、リベラリズムが単なる自由主義ではなく、人類の流血と革命、先人たちの理性と知恵が染み込んだ叡智であることを、我々はもっと重く受け止め心に刻まなくてはならない。安易に「リベラル」とは口に出せなくなるはずだ。

 

次の記事では、日本語の自由、英語のリバティ、フリーダムの違いを考察することによって、リベラルの進歩的意義について学んでみたい。

 

 

リベラリズム考(2)―啓蒙


リベラリズムの思想的淵源は「啓蒙」と「寛容」にあるというのが学者の共通了解ということであった。まずは啓蒙思想について調べ、そのアウトラインをリベラリズムの「イメージ」として映し出していこう。

 

■ 啓蒙思想

[仏] Lumières [独] Aufklärung [英] Enlightenment

いっさいを理性の光に照らして見ることで、旧弊を打破し、公正な社会を作ろうとした、主として18世紀に展開した知的運動。主な舞台はイギリス(スコットランド)、フランス、ドイツであるが、歴史的条件や随伴する政治的事件が相違するため、その相貌は著しく異なる面がある。

 

1.フランス啓蒙思想

啓蒙というと、誰しも、モンステスキュー、ルソー、『百科全書』などの作品が相次いで刊行され、「精神の普遍的沸騰」を迎えていた18世紀中頃のフランスの思想を思い浮かべるだろう。(中略)

フランスの啓蒙思想は多彩な展開を見せるが、その共通の特質は理性を中心とする人間の能力に信頼をおく人間主義である。

「人間の知性の光」によって人間を支配してきた迷信と偏見の闇を打ち破ることができるし、打ち破らねばならないというのが彼らの共通の主張であった。彼らが特に関心を寄せたのは宗教的不寛容と恣意的な政治の理性による改革である。(中略)

啓蒙の知識人は人間学に深い関心を寄せたが、その探究にあたって彼らがとった方法は事実の観察と分析である。(中略)

他方で、人間理性への信頼から進歩の思想が出て来る。ルソーのように学問・芸術の進歩を否定的にとらえる思想家もいたが、多くの知識人は歴史の進歩を肯定した。(中略)

啓蒙の知識人たちは革命を望んだわけではなく、彼らの革命の予言はレトリックであった。しかし彼らは旧体制批判の武器を整えるとともに、政治によって人間と社会を合理的な存在に変えることができるという政治と国家に関する新しい表象を作り上げた。この表象こそフランス革命の革命家が共有したものである。

 

2.ドイツ啓蒙思想

(前略) ドイツ啓蒙の基本的特徴としては、宗教的・政治的権威に代表されるあらゆる先入観や独断、因習や伝統から解放されて、真偽・善悪の判断基準を普遍的人間理性に置くことがあげられる。(中略)

カントの啓蒙の定義はもっとも明確かつ総括的である。すなわち、啓蒙とは 「自己自身に責めのある未成年状態から脱却すること」、「常に自ら思考するという原則」、「先入観からの解放」、「迷信からの解放」 である。

これらの定義は先入観や迷信に代わって、自由と理性を思考や判断の準拠点とする点において、ドイツ啓蒙思想の一般的傾向を集約している。(中略)

ただしカントは、理性批判を経ることにより、理性の限界を確定しており、当時の啓蒙思想推進者とはちがって、理性を単に謳歌してはいない。そのため、彼はドイツ啓蒙思想の克服者でもある。

 

3.スコットランド啓蒙

イギリスの啓蒙思想は、広い意味ではベーコンからベンサムにいたるまでの反封建的思想を総称する。ロックは、生得観念を否定することによって理神論の哲学的基礎を提供するとともに、社会契約の考え方にもとづく市民社会論を展開して啓蒙思想に確固たる基礎を与えた。

スコットランド啓蒙思想は、イギリス啓蒙思想の主要な流れの一つを示すもので、18世紀初頭からほぼ一世紀にわたってエディンバラ、グラスゴーとその周辺の知識人たちによって展開された思想活動のことで、スコットランドだけでなくイギリスの産業と文化の振興に寄与した。(中略)

ハチスンは、シャフツベリから継承した道徳感覚説(モラル・センス)を理論的に精密化して道徳哲学(モラル・フィロソフィ)を体系的に展開し「富と徳性」の問題を解決しようとした。

ヒュームは、人間本性の諸原理を究明するとともに奢侈(※しゃし・・度を過ぎてぜいたくなこと、身分不相応に金を費やすこと)と農工商の分化をとおして展開される近代的生産力を分析し、新しい市民社会の倫理と論理を解明しようとした。

スミスは、利己心と共感の原理の関係を明らかにし、各人の利己心にもとづく自由な経済活動が社会全体の富裕を実現する過程を解明して、「富と徳性」の問題を解決しようとした。

(岩波書店版 『岩波哲学思想事典』)

 

ひとつ注意しておきたいことは、「啓蒙」の日本語的意味は、「知」を教え広めるという表層的意味に使われることが多い。西洋思想での啓蒙思想とは、根本原理を考察する哲学が基底にある。基本的語義が異なっていることは見てのとおりだ。また、「理性」や「自由」という言葉も和製漢語であるので、「漢字的意味」はできるだけ除外し西洋で使われた語義を想像しつつ、文脈のなかでこうした語を解釈していくことが求められる。

特に「理性 [独] Vernunft」は重要キーワードであり、上記同事典でも詳細な思想的解説がある。

 

リベラリズムの淵源として第一に挙げられる啓蒙思想には、「自由」のエッセンスが濃厚に詰まっている。西洋近代が、キリスト教のドグマ(教条主義)から解放されようともがいた様子がうかがえる。

リベラリズムは理想を追い求めているように思われることがあるけれど間違いで、徹底した実存主義、事実の観察と分析のリアリズム(現実主義)を根本とする。

先入観からの解放、神の教説やあらゆる宗教の教説および国の教育を鵜呑みにせず自力で思考すること、人間の理性の「可能性」を信じ切ること、ひいては個人が自分の可能性を信じ切ること、生得性の否定とは人間ひとりびとりが生まれた瞬間には平等であるということ。

現代的価値の多くが「啓蒙思想」にある。

すなわち啓蒙思想は、それ以前の世界観から大きくドラスティックに、そしてまさにリベラル的なダイナミズムによって、世界の価値観や文化、産業、政治を変貌させる原動力となった。

現代でも未だ解決できていない「富と徳性」の問題についての哲学的考察(理性による解決)を、西洋は18世紀から始めていた。その頃の日本は江戸時代中期。

 

次の記事では「寛容」を取り上げる。

 

 

リベラリズム考(1)―多義性


昨今、政治におけるリベラルとは何か、保守とは何かの定義がぐらついており、日本の政治家の自称リベラル派とマスメディアによる、リベラルという語の語義、語感についての誤った表現には看過できないところが大いにある。この機会にあらためてリベラリズムを掘り下げてみようと思う。

 

リベラリズムとは何か。

直訳すれば自由主義であるが非常に多義的である。リバティとフリーダムの違い、保守と対比されるリベラル、個人主義的リベラリズムと社会主義的リベラリズムの違い、資本主義における経済と労働のリベラリズム、政治的リベラリズム、宗教と思想におけるリベラリズム、法の正義とリベラリズム、個人の内的エリアにおける価値観を塗り替え変更してゆくリベラリズム、啓蒙主義、個人主義、改革主義、寛容主義、ダイバーシティ(多様性)、寛容と不寛容、多様なイデオロギーや価値観とリベラリズムとの関係、リベラリズムの陥穽、かかるテーマは広範囲に及ぶ。

自由主義と訳されるが、リベラリズムは社会主義や全体主義、ひいては独裁主義にも関係してくる。意外に思われるかもしれないが、独裁者はリベラリストでもあると考えることができる。

本来であれば、例えばインターネット上の掲示板等で議論できる環境があれば良いのだけれど、そういう場はもはや無くなってしまった。ロジカルな長文自体が歓迎されない。また、アカデミカルな職にあれば議論する相手に困らないのかもしれないが、私の周囲にはじっくり腰を据えて議論を続けてゆけるリアルフレンドもいない。

独りの議論になるけれど、スタートしよう。

 

■ 定説におけるリベラリズム

まず『岩波哲学思想事典』からリベラリズムについて書かれた始めのほうの一部を引用する。(相当な分量になるのでとても全文は引用できない)

【自由主義 [英] liberalism [独] Liberalismus [仏] libéralisme】

 (多義性) 語史的には、19世紀初頭の英国政界において、トーリー党員がホイッグ党員を侮蔑的意味合いを込めた “liberales” というスペイン語の名称で呼んだのが起源とされる。選挙法改正や穀物法廃止を経てホイッグが他の改革勢力を吸収し、19世紀中頃、自由党 (the Liberal party) として再編されると、この党派の改革主義的立場を範型にして liberalism の政治的意味が確立されるに至った。

しかし、その思想的・哲学的意味は多義的であり、それに応じて遡られる思想史的起源も、ソフィストやソクラテスなどの古代啓蒙から、ストア派のコスモポリタニズム、エピクロスの個人主義、マグナ・カルタやモナルコマキ(暴君放伐論者)などに見られる中世・近世の制限権力論・抵抗思想、宗教改革、啓蒙主義、近代自然権論・抵抗思想、進化論、ロマン主義等に至るまで、実に多様である。

「自由主義」という我が国で流通している定訳は、「自由(liberty)」を根本理念とする思想という一般理解を表現しているが、この理解はリベラリズムの複雑性を的確にとらえていない。第一に、自由そのものが多義的であり、しかも自由のどの定義にもリベラリズムを還元することはできない。

 

リベラリズムの定説を研究し理解するためには、遠くギリシャ時代まで遡らなくてはならない。私を含め一般人はそこまでの時間的余裕と労力的余裕はないだろうから、概略を理解するにとどめたい。

次に、自由主義を議論するためには、「自由」の多義性についてひとつひとつの語義を丹念に拾い出すべきなのだが、今回は自由主義を議論するなかで、自由について言及する場面があればそうしたい。

『岩波思想哲学事典』は800名以上の執筆者と41名の編集協力者、8名の編集委員によって著されているが、上記の自由主義を執筆担当したのは法哲学者の井上達夫氏である。

氏は、著書『リベラルのことは嫌いでもリベラリズムは嫌いにならないでください』において次のように述べている。

項目名は定訳にするという編集部の方針に従いました。しかし、自分としてはリベラリズムを「自由主義」とするのは誤訳だと思っているから、音読みのカタカナのまま使っています。(p10)

リベラリズムとは何か。リベラリズムには二つの歴史的起源があります。「啓蒙」と「寛容」です。

啓蒙主義というのは、理性の重視ですね。理性によって蒙(もう)を啓(ひら)く。因習や迷信を理性によって打破し、その抑圧から人間を解放する思想運動です。十八世紀にフランスを中心にヨーロッパに広がり、フランス革命の推進力になったとされる。

寛容というのも、西欧の歴史の文脈から出てくる。宗教改革のあと、ヨーロッパは宗教戦争の時代を迎えました。大陸のほうでは三十年戦争、イギリスではピューリタン革命前後の宗教的内乱。血で血を洗うすさまじい戦争でした。

それがウエストファリア条約でいちおう落ち着いた、というか棲み分けができた。その経験から出てきたのが寛容の伝統です。宗教が違い、価値観が違っても、共存しましょう、という。

この「啓蒙」の伝統と「寛容」の伝統が、リベラリズムの歴史的淵源だということは、ほぼすべての研究者の共通了解です。(p11-12)

 

井上氏は、リベラリズムは「正義主義」だと言う。「正義主義」については彼の持論である「正義の概念」への派生が長大になるので(同氏著『世界正義論』に詳しいが難解)、正義の概念については別の議論をもってあたりたい。

リベラリズムの思想的淵源は「啓蒙」と「寛容」にあるというのが学者の共通了解であると言う。

であれば、「啓蒙」と「寛容」について、おさらいをしておく必要がある。

 

 

自分は弱いと思い悩んでいる君へ


自分は気持ちが弱い、なぜあの人やあの人のように強くなれないのだろう。強くなりたいけどどうしたらよいかわからない。弱さを克服した人の話を聞いても自分にはそんなふうにたくまくしくはなれない。自分が弱いと思っている人が本当は強いなんて言う人がいるけれど、詭弁の言葉あそびじゃないか。

ここまで考えることができている君は、すっかり欺瞞と闘える準備ができている。

欺瞞とは欺くことで、この記事では、自分が世間から欺かれていることと、自分で自分を欺いている自己欺瞞(自覚のあることと無自覚のことがある)について、君と一緒に考えてみたい。

 

■  世間のいう「自分は弱い」について

まず、「自分は強い」と宣言している人を私は見たことも聞いたこともない。いや、もしかすると内心で自分は強いと思っている人がいるのかもしれないが、ほとんどは「自分は弱い」への一方通行だ。

人間とは弱いものだからだとか、弱さを自覚出来ている人こそが強いなどというのは、なんのロジック(論理)も構成できていない詭弁であり、世間から個人へ向けての欺瞞だ。「自分は弱い」ならまだ良いが、「自分は強い」などと思い込んでしまったらそれこそ最悪だろう。想像してみてくれ。「俺は強いんだぞ」「私は強いんだよ」というのは根拠なき空虚な自信であり、こうした自己暗示はすぐさま谷底に突き落とされ更に傷ついてしまうか、または、傲岸不遜の生きかたになるのは自明だ。そうなりたいかい。

罪つくりなのは、「強い」「弱い」を語る世間のほうなんだ。

世間では何かにつけて「強い」「弱い」と言い、あるいは「勝ち組」「負け組」などとも言うが、これは論拠なき印象論がすべて。いわば雑音だ。特にインターネット上のテキストでの雑音に、無自覚のうちに自分が欺かれているということを、君は考えてみたことがあるかな。

 

■  無人島で独り生きていれば「強い」も「弱い」もない

強い弱いというのは誰かや何かを比較して評価する相対観念だ。「自分は弱い」というのも、他人や世間一般のなかでの自分を相対的に評価しているに過ぎず、無人島で独りならば比較する対象がいないし、全く文化の異なる中南米やアフリカへ行けば比べる価値観自体が変わってしまうので、強いも弱いもゼロからの仕切り直しになる。

「自分は弱い」というのは、自分の目の届く範囲で、自分が経験した範囲で、その平均値よりも自分が弱いのではないか、いやたぶん弱い、というふうに相対評価を下しているというのがまぎれもない事実である。なんと小さな世界のふわふわしたイメージに自分が翻弄されているか、ばかばかしくならないかい。

 

■ そもそも「弱い」の基準とはなにか

弱いの反対語は強いであり、相対評価は直線状で、例えば弱いを左に強いを右に置いて表すことができる。では、その中間点となる基準はなんだろうか。この直線的な形状の基準の正体とはなんだろう。

「誰が」、「いつ」、「どこで」、「どのようにして」、この基準を定めたんだい。

「誰が」はすべて自分に帰結する。「世間からみたら」という基準を作っているのも自分であるし、そう思っているのも自分自身だろう。自分の自己評価が正しい、自分の思い込みが正しいという根拠はどこにある。その証拠を示してくれ。

日本の統計でも世界の統計でもよいけれど、弱い人、強い人の普遍的評価のデータなど見たこともないし、心理学その他で著名な学者のエビデンスもない。そもそも有り得るはずもなかろうに。「いつ」「どこで」「どのようにして」強い弱いの基準を定めたのかは闇の中だ。

 

基準が自分自身の思い込みであって、自己暗示にかかり、深みにはまりこみ病いとまでなってしまう危険性を孕むのが、「自分は弱い」のレッテル貼りだということが少しはわかってくれただろうか。

自己欺瞞(自分を欺くこと)は自己正当化に使われることが多いけれど、自分に負のレッテルを貼って自分を追い詰めてしまう自己暗示は、無自覚な、負の自己欺瞞のひとつだ。

もしかすると君は、「おまえは弱いやつだ」と指摘されたことがあるかもしれない。あるいはそうした目で蔑まれたことがあるかもしれない。でも、百人の人がいれば百様の価値観があるし、その価値観にしてもケースバイケースで簡単に評価が覆ってしまうものだ。砂上の楼閣のような他人の価値観に自分の心が弄(もてあそ)ばれて、それで君はいいのかい。

 

■ 内向性と外向性の両面があることを理解しよう

自分のことを「弱い」と考えてしまうのは、自分のことに興味があるからで、この気持ちの動きを心理学者のC.G.ユングは内向性と定義づけた。自分とはいったい何だろうかだとか、自分の長所短所、自分の個性、とにかく「自分」「自分」であり、「私」「私」であり、意識のエネルギーが自分の内側へ内側へと向かう。(これは「俺が俺が」とは違う)

内向性は引っ込み思案で消極的との評価もあるが、何かのニュースで「もし自分だったら」と考えやすいのも内向性の特徴で、これは共感や内省の根っこでもあり、内向性自体に是非善悪はまったくない。

一方、自分の外に興味をもつ意識のエネルギーを外向性という。例えば、自分の表現によって外の人たちはどういう反応を示すのかに関心を寄せたり、自分のモノサシを捨てて他人に関心を寄せる。そのときに「もし自分ならば」という自分へのフィードバックは無く、純粋に外の世界へ意識が向かう。(自分へフィードバックするときには内向性を活用する)

人間には内向性と外向性が誰にでも備わっている。ただし、そのバランスは個人個人によって異なるというのがユングの見解だ。内向と外向のバランスを欠いてしまい、内向ばかりが強くなり過ぎると外の世界との壁を頑丈に作ってしまい、思い込みの牢屋に自分で自分を幽閉してしまう。

大事なことなので繰り返すけれど、内向性そのものに是非善悪はまったくない。それを活用する人間次第で、内向性の与える価値は千変万化する。

 

 

■ 他人に「弱い」「強い」というレッテルを貼らない

「これこれこういう人は弱い人だ」 などという文脈でのレッテル貼りは、そうしてレッテルを貼りたい人の自己正当化や自論正当化への心理的欲求がすべてだ。そこに明確な基準はなく、統計データや専門家のエビデンスもなく、ただただ「弱い」というテキストを、自分の価値にそぐわない人を攻撃するために使っているに過ぎない。

逆に「あの人は強い」という表現もまた、自分が弱いと思っている人を無自覚に貶めているかもしれない。案外、その、自分が強いと思っている人が外見上では飄々としていても、内心では相当な葛藤を抱え自己との血みどろの格闘を繰り広げているかもしれない。

その人に「あなたは強いですね」などと誉め言葉をかけても、相手の心に何も響かないどころか怒り出すかもしれない。大リーガーのイチロー選手が「天才イチロー」とレッテルを貼られて怒り出したように。

他人にレッテルを貼らないようになれば、不思議と自分にもレッテルを貼らなくなるというもの。

 

■ 「自分は弱い」という口実

少し厳しいことも指摘しておく。

「自分は弱い」と自己評価を下している、その心理のなかに、「だからしょうがないじゃないか」という逃げの口実は含まれていないか。無自覚にそうなってはいないかい。

「自分はこれこれこういう性格だから(或いは能力、年齢などを因として)、それは出来ない!」というふうに簡単に自分を制限してしまっている人に、その、出来ないと思い込んでいることをやってもらったところ、ちゃんと出来て喜んでいる光景を目にしたことが何度もある。

なんだ、やってみれば出来るじゃないか。

わざわざ自分に限界を作ってしまうのはどういうわけだろう。その限界設定は5歳のときにもあったのか、いや、なかったに違いない。

大人になってゆくにつれて、人間誰もが自分の体を大切にし、自分の心を大切に保守していこうとする、安心への欲求をもつようになる。自分は弱い、だからこれこれこういう場面では自分の心は壊れてしまう。深く傷ついてしまう。怖い。という、自分で捏造した論理によって自分を縛り、弱いということを口実に安心を得ようとし、色々なことから逃げてはいないだろうか。

人間の生きようとする底力には相当なものがあって、どれほどの苦境に陥っても、なんとか環境に適応し打開していこうとするものだ。

 

■ 漠然とした印象論でなく論理的に思考しよう

「自分は弱い」は他人の誰かや社会一般を相対比較しての自己評価であることは述べたとおり。しかもその基準はまったく信用ならないものであるということも。

しかし人間である限り相対比較をどうしてもやってしまうかもしれない。

そうしたときに「強い」「弱い」というふうな漠然とした印象論ではなく、いったいどんなところを自分が弱いと思い込んでいるのかを徹底的に自己分析してみよう。三日坊主であきらめてしまうのは意志の力が弱いのか忍耐力が弱いのか、他人に気圧(けお)されてびびってしまう、反論できなくなってしまうのは勇気が弱いのか表現力が弱いのか、他人のことばが心に刺さって傷つき引きずりやすいのは抵抗力が弱いのか切り替え力が弱いのか、こうして自分の力の分析をしてみる。心の整理が出来てくることがわかるだろう。

しかし、すべてにおいて意志が弱いことは無いだろうし、表現力も抵抗力もそうで、時と相手、内容、自分の心の状態などによってちゃんと力を発揮している場面は案外あるものだ。

加えて、欠点の裏返しには長所が潜んでいることが多いということも忘れてはならない。

ここが欠点だから直そう、この力を強くしようと思うのは結構なことだが、それが負担になるとますます泥沼にはまり込んでしまい「やっぱり俺は駄目なやつだ」との思いを強くしてしまうかもしれない。次こそは、次こそはと、あきらめずに何年もかけるつもりで自覚だけしておけばいい。克服ができれば、そこからの後戻りはないのだから。人生は君が思っているよりもたぶん長い。

 

最後に、もし君が 「自分は弱い」 を克服した時には、自分は弱さを克服して強くなったとは、けっして言わないでほしい。特に他人に自分の経験を自慢げに語って、「あなたもやればできる」などとアドバイスするのは愚かだということを、君が一番わかっているはずだ。

その時には、「自分は弱い」 は幻想だったことが解ったと言ってほしい。

 

 

 

自己欺瞞との対決


日本古来からの価値観 「きよきあかきこころ」 における究極のすがたの前に、最終的に立ちはだかる最強の敵を私は、「自己欺瞞」だと考えている。清らかで明朗なこころが自分のすべてであるようにと希求する意志と主張、その裏に、無自覚に、無意識的に、密かに潜む自己欺瞞に私はうすうす気づいている。自己欺瞞との対決は、おそらく、仮に数百年生きたところで終わることはないと思う。

人間の欺瞞と自己欺瞞を徹底的に憎んだ哲学者ニーチェの、無意識心理にかんする心理学的評価は非常に高い。

ルートヴィッヒ・クラーゲスはニーチェを、一八八〇年代における支配的傾向、すなわちドストエフスキーとイプセンとが文学において展開していた“暴露的”すなわち“仮面略奪的”心理学のすぐれた代表者と規定した。

ニーチェの関心は、ヴェイルを破って、人間がいかに自己欺瞞的存在であり同時に他者をたえず欺瞞する存在であるかを示すことにあった。

「人が外に見せているものすべてについてこう問うてよい。それは何を隠したいのだ、何から目をそらそうとするつもりなのだ、いかなる偏見を生み出そうとするつもりなのだ? どこまで この微妙な 虚飾を通すのだ? 何のためにこの行為で自らを欺くのだ?」(※ニーチェ著『曙光』)

人間は自分以外の人間に対してよりも、はるかに多く自分自身に対して嘘をつくものであるから、心理学者は人が語り為すところよりもむしろ人の真の意図から結論するべきである。

(中略)

ニーチェは、倦まずたゆまず、およそ考えられうる限りの感情、意見、態度、行為、美徳がいかに自己欺瞞か、無意識の嘘に根ざすものであるかを示している。

かくて「いかなる人間も自己自身から最も遠いところにある」。無意識は個人の本質的な部分である。意識は無意識の暗号化された一種の式、「無意識的な、おそらく不可知の、しかし感性には捉えうる本文(テキスト)に付された、程度の差はあれ幻想的な注釈」(※ニーチェ著『曙光』)にすぎない。

(弘文堂版 アンリ・エレンベルガー著 『無意識の発見・上』)

 

口から出る言葉について、文章で表される言葉について、「それは何を隠したいのだ」、「それは何から目をそらそうとするつもりなのだ」、「いかなる偏見を生み出そうとするつもりなのだ」、「どこまでこの微妙な虚飾を通すのだ」、「何のためにこの行為で自らを欺くのだ」、という問いから、私たちは目を背けてはいないだろうか。正面から向かい合うことなく誤魔化していないだろうか。

その虚飾は、いったい何のためなのだ。

 

実際にニーチェの文章から引いてこよう。

虚栄心の強い者は、自分について耳にするあらゆる好評を(それが有益であるかどうかはぜんぜんまったく度外視すると同時に、真偽のほども無視して)喜ぶのと同じく、あらゆる悪評に悩む。

なぜならば、彼はこの両者に屈服しているからであり、自分が、わが身にこみあげてくるあのもっとも古い屈従の本能から、この両者に屈服していることを感じているからである。

――自らについての好評へと誘惑しようとするもの、それは虚栄心の強い者の血のなかにある「奴隷」であり、奴隷の狡猾さの名残りである――そしてたとえば、いかに多くの「奴隷」が今日でもなお女のなかに残存していることだろう!

同様にまた、のちになってこれらの世評の前に、まるでそれを呼び起こしたのが自分ではないかのように、自らすぐさま跪くのも、奴隷なのである。

(白水社版 ニーチェ全集 ニーチェ著『善悪の彼岸』261番)

 

褒められる習慣が子どもの頃から身についた者は、褒められることが当然で貶される圧力に慣れておらず少しのことで傷つき挫折する。褒めてもらうこと自体が欲求となって他者の評価を異様に気にする。褒められれることが嘘であっても一向にかわまないのである。一方で自分にかんする悪い評価、悪い噂を耳にすれば異様に落ち込むのである。この心には奴隷の血が流れている、奴隷のずる賢さの名残りだとニーチェは言うのである。

自分がいかに優れているか、いかに善人であるか、いかに社会で活躍しているかなどについて、遠回しに、微妙なニュアンスを使って誘導しようと励む。言葉の端々に、相手に気づかれないように虚栄の罠を仕込む。

虚栄の罠は、彼女(彼)の属性やアクセサリーにいろいろと仕込まれている。

自分が育った家柄(良し悪しは無関係)、学歴、知識、職歴、活躍歴、幸福歴、苦労歴、不幸歴、社会的地位、肩書、趣味の高尚さ、著名人や有名人の知り合いがいるなど人脈的なもの、妻にかんすること、夫にかんすること、子どもにかんすること、他にもまだまだあるだろう。このような社会的属性や自分のアクセサリーにこっそりと自慢を仕込むのである。およそ中高年になればなるほど、このテクニックに磨きがかかる。

多くの人はニーチェの暴露心理学から目を逸らす。聞こえないふりをする。

「いったいなぜ聞こえないふりをするのだ」

 

「私には逃げる権利がある」とでも言うのだろうか。

「人には多様性があり私が何を思うかは自由だ」とでも言うのだろうか。

一つの種が発生し、一つのタイプが固定して強くなるのは、本質的に等しい不利な諸条件との長い戦いのもとにおいてである。(同)

 

多様性に基づく自由は、みずから自由になろうとすることを欲せずに、何の努力もせずに、自由であることの結果を主張しているだけで、それは〔自由〕ではない。

負荷がかかる、抵抗の圧力がかかる、これが成長の必須条件であり、その不利な諸条件に負けずに、踏まれても踏まれても強く生え伸びる雑草のごとく、崖から谷へ叩き落されても這い登ってゆく獅子の子のごとく、自己を克服してゆくことが自由な精神であり人間の高貴さである。

 

自己価値を正当化するために、自論正当化へ誘導するために、自己承認欲求を満たすために、他人に気づかれないように虚飾を張り巡らせ、他人を欺き、その欺いていることさえ正当化して自分をも欺く。なぜそうまでして承認されたいのだということに対し正面から向き合い、まずは認めなくてはならない。無自覚に、無意識的に現れ出でてしまっている欺瞞と自己欺瞞を発見し認めなくてはならない。

勇気をもって欺瞞と自己欺瞞が自分にあることを認めることができれば、それを克服していくことは自分の伸びしろでもあり、高貴な精神に近づくことでもある。

私は、生の力が尽きるまで、自分に潜む欺瞞と自己欺瞞と対決してゆこうと思う。

徹底的に己が心の純粋性を追求してゆこうと思う。

これは他人は全く関係ない。社会も関係ない。自尊心でもない。

自分が自分自身の「心」に誇りをもてるかどうかだけにかかる、自己矜恃という名の石碑の建立である。

 

ニーチェは人間に、透明な純粋性を求めた。

それは、日本人が目指してきた心情の純粋性の追求に酷似している。

 

ひたすら心情の純粋性を追求する日本人の倫理意識は、諸民族との比較においてきわめて特殊なものであることが理解される。

(ペリカン社版 相良亨著作集 『日本人論』 第三章 純粋性の追求)

 

It is the icy purism of the sword-soul before which Shinto-Japan prostrates herself even to-day. The mystic fire consumes our weakness, the sacred sword cleaves the bondage of desire. From our ashes springs the phoenix of celestial hope, out of the freedom comes a higher realization of manhood.

今日でも、神道日本がその前にひれふすのは、剣の魂の氷のような純粋主義である。その神秘の火はわれわれの弱点を焼きほろぼし、その聖なる剣は欲望の奴隷を斬る。われわれの屍灰(しかい)から天上の希望の不死鳥が翔(と)び立ち、欲望から解き放たれた自由から、より高い人間らしさの自覚が生まれる。

(講談社学術文庫版 岡倉天心著 桶谷英昭訳 『茶の本』

 

 

 

 

 

罰と躾と刑法


体罰の是非が問われるのは良い機会だと思う。世界的にも教育に体罰が必要か否かについて賛否が分かれ、問題として取り上げられている。ヨーロッパで特に躾の厳しいドイツやイギリスにおいてさえも、体罰を禁止する動きが加速しているが、一方で、イギリスの学校では一旦は体罰を禁止したものの、あまりの秩序の乱れにクリスチャンらが業を煮やし、「体罰を復活」の訴えが最高裁に出され、以降2006年からは条件付きでありながらも体罰を復活させた。

現代の日本では、「何があっても体罰はだめ」という基本的にすべての暴力反対する立場の人、「子どもの体が危険」「子どもの心も傷つく」と子どものことを心配する人、「体罰を行う親や指導者は身勝手な支配的欲求でそれを行使する」とし体罰を行う人に悪者のレッテルを問答無用で貼っていく人、などがいる。

一方で、体罰は必要だとする、主に中高年男性が主体だと思うが、体罰容認派と呼ばれる人たちがいる。

ここで何の議論もなく、ただ単に体罰は良いことか悪いことかの白黒をはっきりさせようとするのは、反知性的な思考停止であると言わざるを得ない。なぜならば、「罪」に対する「罰」というテーマは、人類文明はじまって以来の、未だ検討課題の域をでない深いテーマであるからだ。そう簡単に決着のつくことではない。立法化して体罰を禁止すれば一気に思考停止が加速する。法に依存すれば人間の理性はどんどん衰える。

 

「罰」とは何か。

私たちはここから始めなくてはならない。

 

現代までにつちかってきた人類の叡智のひとつに刑罰論がある。刑論での罰に対する理念とロジックは、学校教育の現場や家庭における躾の現場にいろいろと応用できるし、大いに参考になると思う。

理屈でいくら言っても改善しない、悪いことをやめないという人や子どもは一定数存在する。人類史上、刑罰が無くなったことが無いことを思えば、「人間を法秩序に組みこまなければ自然に悪いことをする」という、荀子や韓非子が主張した性悪説を無視することはできない。理屈で諭して悪事がなくなるのであれば、警察という暴力も必要ない。死刑や懲役という法の強制権力も必要ない。

 

まず、刑罰論を分ける。

 

1. 応報刑論

A 絶対的応報刑論・・・悪い行為を行ったのだからその報いを受けなければならないという、正悪絶対論からの制裁。一神教の国々では神が念頭にある。

B 相対的応報刑論・・・刑罰があることで社会目的が達せられるという立場。以下の目的刑論が現代では主流となっている。法律的応報刑論については省く。

 

2. 目的刑論

A 共同体秩序を保守するための一般予防論・・・法秩序が十分に機能していることによって安心できる社会を形成する。個々みずから法を破らない意識をもつ。

B 威嚇による抑止効果を目的とする一般予防論・・・法を破ったらこのような罰を受けるという威嚇によって、抑止効果を期待する。

C 罪人を隔離する特別予防論・・・社会秩序維持や社会不安を増幅させないために、罪を犯した者の自由を束縛し一般社会から隔離することによって、社会の安全と安心を保守する。

D 罪人を更生させるための教育的特別予防論・・・今後の再犯防止を目的とし、罰をもって教育を行い、その人の将来の罪を予防する。

 

私たちは日本の法律を守る。なぜ法を守るのか。2-Aの目的を皆で保守していこうというポジティブな発想で法を守ることもあれば、2-Bの法の威嚇によって、過ちを犯すと辛いというネガティブな抑止効果によって法を守っていることもある。聖人君子などいないのだから、誰しも2-Bを否定することなどできないはずだ。

私たちは国家だけでなく、複数の共同体に重複して所属している。その共同体それぞれに法(おきて)がある。会社には社則があり雇用契約上の罰則が定められている。学校の校則には停学、退学の要件が定められているし、学校によっては条件付きで体罰を許可している。正座やグラウンド一周などの罰も体罰の範疇だ。家庭の家族共同体の場合も、小さいながらその家の法(おきて)が無意識のうちに存在しているはずだ。趣味やスポーツのクラブにも法がある。法には罰がある。

 

罰には、正の罰と負の罰がある。

1.正の罰は制裁を加えること。

2.負の罰は権利を取り上げること(例えば子どものスマホを取り上げること)。

制裁には体罰だけでなく、経済罰(罰金や財産没収)、社会罰(悪事を公表し信用を失墜させる。社会からの批判にあう)などがある。

日本の文化の特徴として、本人の内罰を求める(自主的に自分が悪いことを反省する)傾向がある。内罰的に自省しないと反省の色が見えないと言われることがある。内罰はとても大切なことではあるけれど、内罰と外罰のバランスも教えていくべきだ。

子どもからの外罰には親や指導者の至らないことへの指摘がある。大人は自分の立場と心を守りたいがために、指摘にかんする子どもの言論の自由を封じ込めてしまうきらいがある。もし指摘が的外れであれば、的外れな内心の反抗心を氷解させる効果もあるので、恐れずにすべての言い分を聞いてあげた方が良いと思う。

 

学校や家庭における子どもの教育やしつけは、法と罰によって悪いことをしないようにさせるという基盤の上に、立派な大人になることを目指すという目的が立っていることを忘れてはならない。

法と罰の運用は公正でなくてはらなない。恣意的に気分で罰を変えるようでは法への信頼が薄れる。

 

このように刑論からのアプローチで罰を考えることは有益だと思う。

罰の論理を原理からロジカルに考えることで見えてくるものがあるはずだ。罰の方法論には多様性があることを知ることもできる。

 

自身の体験に基づいたイメージも結構だけれども、それは、視野狭窄になりやすく抜け落ちたものが必ずある。頑迷固陋な持論と先入見によって認識を改めることができなくなる。しつけや人間教育は個々の場面によっても、親や指導者の個性によっても、子どもの個性によっても、その相関関係によっても、価値観と手段は大きく異なって当然である。「しつけと教育はこれだ」というふうな、すべての子どもをターゲットとしたステレオタイプの正解などあるはずもない。

おとなしく聞き分けのよい子どももいれば、やんちゃくれの悪ガキもいるのだ。

例えば、反抗期に暴力的行為を繰り返す子ども、いじめを繰り返す子ども、親や教師をなめきって反抗的態度をとりつづける子どもを殴りつける体罰は否定されるべきだろうか。口で言っても一向に悪行を繰り返し、他の子どもに迷惑をかけ続ける子どもは放置するしかないのか、それとも少年院送りとして排除するほうが面倒がなくて良いのか。それは教育の死ではないだろうか。

私は、愛の鞭という綺麗ごとの言葉は大嫌いだが、個々の場面と個々の相関関係、そして手法の条件付きでの体罰については、先入観を排除した議論の俎上にあげるべきではないかと考えている。

 

さて最後に、嫌われる感情論であるけれど、つまり感情的に怒ることは厳に慎まなければならないということについてだが、他者の怒りを知ること、他者の怒りが自分へ向けられた怖さを知ることはマイナスの体験だけではないように思う。絶対に理性的に振舞わなければならないという縛りは相当な心理的抑圧になる。理性的に振舞うことは正しいとしながらも、たまには、感情的に怒ってしまうこと(やっちゃったという反省付)も有って良いのではないか。どうだろう。完璧な親や指導者を目指すよりも、自分が至らない人間であることを自覚し(自己正当化に甘えるのではなく)、この程度の余裕はもっていたほうがよいのではないでしょうか。

 

 

人品


「人品骨柄(じんぴんこつがら)卑しからぬ…」という慣用表現がある。「人品」は中国から渡来した言葉で「骨柄」は日本で生まれた言葉らしい。

前の記事で触れた「日本人の自信を取り戻す」であるが、安倍政権は「経済の自信」の文脈で自信を取り扱っている。それについての批判は既に書いた。私は、「人品」について自信をもてるようになることが、成熟した国家の国民性として求められるのではないかと考えている。英国人、ドイツ人、フランス人などヨーロッパの中流家庭以上での子どものしつけは、まさに「人品」を高めることが主たる目的となっていたのではないかと思う。

「人品」とは人の品位、品格、気品などと言い換えることもできる言葉で、気高い精神に裏打ちされた、人の身なり、顔だち、表情、姿勢、礼儀正しい態度、普段の立ち居振る舞い、言葉遣い、他者への心配りや思いやり、身体の風格、毅然として公正な心もちなどを言う。

 

もちろん、日本にも「人品」教育はあった。

「武士道」「日本男児」「やまとなでしこ」は代表的な概念だが、孔子の儒学を日本型に改良した朱子学、陽明学などによって、「君子」や「聖人」のあるべき姿をロールモデルとして実生活のなかに組み込まれていた。それは、道徳よりもワンランク上の最上質な人間モデルであり、日本では特に「立派な人」と呼ぶことが多い。

西洋や中国の人品と異なる日本人の人品の個性とは、社会性の倫理観よりも「美しさ」を追求してきたところにある。西洋の論理的モラルに対して、中国の儒教的教訓に対して、日本人は感性的な美しさをベースにした。外観に現れる美しさだけでなく、一生の生きざまが美しいかどうかを重要視した。その根底にあるモデルは大自然である。

日本人の道徳が美意識に繋がっている強さと弱点について、西尾幹二氏はこう述べる。

外国人が感じる日本のよさは、もちろん技術力の高さも関係してくるだろうが、同時に日本人の審美観が強く影響しているのではないか。日本人の道徳は美意識である。いわゆる精神的道徳にはとどまらない。逆に、教訓や精神や原理からくる戒律が強い文明というのは、それだけ乱れている証拠なのである。

(中略)

美徳ということばがあるが、やはり日本人にとって美意識がすなわち道徳なのではないだろうか。それが日本人の強さでもあるが、美は政治的な批判力にはなりにくい。美を基本とする道徳は、どうしても戒律や原理を基本とする道徳よりは弱いのである。

美徳は本来、外へ主張する理論をもたない。日本人の美徳や美質は輸出できない。

(PHP新書版 西尾幹二著『個人主義とは何か』)

 

家に爺ちゃん婆ちゃんがいた時代は家族によるしつけが行き届いていた。道徳の授業などなくても、家庭での機会教育によって子どもたちは自然に「してはならぬこと」「したほうが良いこと」「立派な人を目指すこと」を身に着けていった。

西尾氏は本居宣長の『道あるが故に道てふ言なく、道てふことなけれど、道ありしなりけり』ということばをひいて、口で言わなくても、口で教えなくても道徳的に正しい道があって、それを体感的に身に着けてゆくことを原則とした日本の道徳観念は世界的に特殊だという見解である。

続けてこうも述べている。

宣長が現代に生きていれば、同様に、西洋の合理性や学問の体系性、説得力、理論的緻密さといったものをすべて認めるはずである。われわれも認めざるをえない。それとはちがうわれわれの特性を守るために、いかにして鎧なきものに鎧をつけるか、戦う手段をもたぬ世界が武器をもたねばならないのか。その矛盾は、われわれが国際人として生きるという問題にも通じる。国際人になってはいけないこの国の人間が国際的に生きなければならない矛盾であるといいなおしてもいいのかもしれない。

(上記同書)

 

西洋の良さと日本の良さを合体させれば良いのではないかという考えは短絡である。西尾氏が述べているように、西洋の良さを取り入れれば日本の良さは死ぬ。逆もまたそうだろう。ゆえに我々は二者択一を迫られる。日本の良さを守って国際人となれば必ずそこには矛盾が生じる。けれど、よく考えてみれば「矛盾の美しさ」を日本人は美学として昇華し、数寄屋造りの家を建て、いびつな湯飲みや器を作り、床の間の生け花の位置をずらしてきたではないか。まさに、不整合や矛盾の美しさを生かすことにかけては日本人の右に出るものはいない。と、ポジティブに考えることもできる。

加えて言うならば、日本人の哲学的感性とは、哲学者の西田幾多郎が述べた「哲学の動機は悲哀でなければならぬ」に象徴されるように、感情が染み入った美学にその淵源がある。

そのようにして日本人の人品は、「わびさび」「いき」「あはれ」「幽玄」「秘すれば花」「美しい死への憧憬(武士道)」を創造した。逆に人品のほうが、それらによって創造されてきたとも言える。

 

人品を大切に扱う日本文化は死に絶えたのだろうか。

私はそうは思わない。

一時的に、西洋文化に浸潤されただけだ。それも表面上の欧米だけを物真似した質の悪い価値観を取り入れてしまった。

日本国民の一部は、人品を忘れ「がさつ」となり、気楽にずる賢く生きることを覚えた。

 

しかしこの「がさつ」で作為的な現代文化は、大きな揺り戻しにあうだろう。

既に揺り戻しの端緒はある。

「男らしさ、女らしさ」 の記事でエビデンスを示しながら述べたように、18~34歳の人たちの感性は、男らしい男が好き、女らしい女が好き、男らしい男になりたい、女らしい女になりたい、という方向にシフトしている事実がある。

グローバリズムやポリティカルコレクトネスに対する反動として、世界的にナショナリズムへの回帰という揺り戻しが起こっている。

大自然のようにありのままに生きること、まこころの純粋性を追求すること、人品を強く意識し立派な人になろうとすること、まだまだあるけれども、そうした、数千年つちかってきた日本人のいきかたの根本にある美徳を見直す、その時代の扉が、今ようやく開かれつつある。

もちろん半世紀も経てば、次はグローバリズムとリベラリズムへの揺り戻しが起きることは必定だ。

歴史を振り返ってみても、人類は振り子のように右へ揺れ左へ揺れ、そうしながらより良き道を探そうと意欲する。常に、最も理想的な道は何かを探す、この人類の意志は、永遠に未完成のまま続く。

 

 

明治維新後150年間の日本批判


九月の初めにあたっての所感。

来年2018年は明治維新から150年の節目の年にあたる。大きなスパンで世の趨勢を捉えることなしに、我々が本来向かうべき希望ある未来への光の道をあきらかにすることはできない。

開国、明治維新、文明開化、富国強兵、民主主義政治、日本の近代化のすべては西洋を手本にした。わが国の国民性を失いたくはないために「和魂洋才」という言葉までできた。魂は日本古来のものを引き継ぎ、西洋からは実用的な文明の才を借りてくるというものだった。

 

■ 「日本を取り戻す」と言って5年前に自民党が政権を奪い返し、バブル崩壊後の失われた20年と言われる経済停滞を打開するために、「日本人の自信を取り戻す」ということが盛んに言われるようになった。

■ 日本人は自信を持っていたというのである。エコノミックアニマルと世界から批判されながらも高度経済成長の時代を突き進み、1980年代にはジャパン・アズ・ナンバーワンと言われるようになった。企業はニューヨークで摩天楼を買い漁り、国民は団体ツアーでルイヴィトン本店を占拠した。これが自信なのか。

■ ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた頃でさえ、国民一人当たりGDP(PPPベース)では最高が世界13位である。それにしても、「金をたくさん持っていて金をたくさん使えるぞ」ということに自信を持っていたとすれば、そしてその自信を取り戻そうとするのが日本政府の方針であるとすれば、なんと軽佻浮薄な国民文化なのだろう。

■ いったい国民の自信とはなんなのか。ここ数年のマスメディアはこぞって日本礼賛記事を書く。世界の人たちから見て、日本人は礼儀正しく、几帳面で、清潔で、献身的で、規律を守り、要するに民度が高いというわけだ。なぜマスメディアがそれを書くかと言えば売れるからである。自画自賛の日本人礼賛記事を読んで喜びに浸る、いい気持になる、愚かで貧しい心の国民がいかに多いかを如実に表わしている。つい最近まで中国人団体ツアーと同様の日本人団体ツアーが海外で爆買いし、はては東南アジア各国や韓国での買春ツアーまであったのにもかかわらずだ。

■ 超一流のアナリストとしてゴールドマン・サックスで役員まで昇りつめた、英国人で二十数年日本在住のデービッド・アトキンソンはデータのエビデンスを示しながらこう言う。「日本の高度経済成長は急激な人口増加による“人口ボーナス”だった」と。勤勉で有能な日本人の能力によって高度経済成長があったのではない。団塊の世代に象徴される人間の数の急増という「質よりも量」が国全体のGDPに繋がったのだ。欧米や日本の近代化に学んだ、今の中国がまさにその状態ではないか。

■ 浅薄な「経済の自信」なんか捨ててしまえ。われわれがみずからを誇りに思うことが「金持ち」であったならば、穴の中に入りたくなるほど恥ずかしい下劣な価値観だったのだ。我々に必要なのは空疎な日本人礼賛によって自信を取り戻すことではなく、真剣な自己批判である。過去に鉄槌を下すことなしに臭いものに蓋をすべきではない。過去の臭いものをつまびらかにし、厳しく自己批判しよう。そうしてから前を向こう。これからは「量よりも質」を目指そうじゃないか。

 

■ 明治維新と開国は日本人の主体的な革命ではなく、外圧によるものだった。美化してはならない。長きにわたって文明の最先端を歩むヨーロッパでは外圧という他律によって変革や革命が起きたことはない。常に内発的なものだった。

「われわれの場合には、危機は外から襲ってきたのである。危機の自覚は、具体的には黒船の到来であり、心理的には、他文明に先を越されているという恐怖感と競争意識と防衛本能であった。だが、ヨーロッパでは、危機はまず内側からはじまったのである。すでに十九世紀にボードレールやブレークやニーチェらが内発的に意識化した西洋文明の危機の主題が、ヨーロッパの一般の人々の目にもはっきり顕在化したのは、ヨーロッパを戦場とする第一次世界大戦の破壊のあとの、大規模な幻滅においてである。シュペングラーがニーチェの主題を受けて、危機の自覚を文明論の形で地球的な規模で図式化したのも、ちょうどこのときにあたる。大戦のあとの幻滅感に反響して、『西洋の没落』の出版は異常ともいえるセンセーションをまき起こした。

(PHP新書版 西尾幹二著『個人主義とは何か』)

 

■ われわれ日本人は、自主的に、主体的に、内発的に、自己批判をしたことがあっただろうか。常に世界の顔色を窺い、世界の中での日本を相対化し、「ここが日本は遅れている」あるいは「ここが日本は進んでいる」という相対評価ばかりであって、自分を軸とした自律性や主体性の欠落は現代に至るまでつづき、それは、日本人としてあるべき独立自尊の精神の障壁となっている。

■ 日本は西洋に追いつき肩を並べたのか、追い越したのか。かような他律的相対評価のなかで、「進んでいる」ことや「進化する」「発展する」ことを、深く熟考することもなく手放しで「是」とし「善」であると盲信してはいないか。同書のなかで西尾氏は、ヨーロッパでは「進んでいる」ことなど価値として歯牙にもかけないと述べている。

■ ヨーロッパから日本人が学んだことは、合理性であり効率性であり論理性であるが、その表面だけを物真似しただけだ。現代日本の世俗的価値観をみれば、富や名声を得ることが成功者のモデルであり、その根っこに哲学的思惟など一片のかけらもない。「生」と「幸福」、「生」と「成功」を繋ぐ最も重要で根源的なもの、ロジカルな哲学的動機がない。あるいは自己正当化のために行っている後付けの理屈しかない。哲学的に根本から考える習慣を身に着けようじゃないか。

「いわゆる“和魂洋才”というモザイク的文化観は、西洋への劣等感がそのまま優越感にすりかわる、例の「開国」か「攘夷」かという日本人の心理的パターンのはしりをなしたものである。それは西洋近代に自己を合わせて、同化的にこれを受け入れるか、それとも、この異質の文明に抵抗するために自分のこれまでの価値観を消極的に死守するか、という平面的な次元の問題にすぎず、受け入れるか、防衛するか、あるいはその両方をどうやって折衷するかの問題であって、西洋近代を批判的に摂取するという姿勢ではありえなかった。(中略)明治の先覚者たちが犯した過ちは、西洋にただ「才」だけを期待する実用主義か、さもなければ西洋の「魂」をも無批判な連続性において、自己同化的に受け入れるか、若干の違いはあるにしても、いずれにしても「洋魂」との対決を欠いていたことでは共通している。」(上記同書)

「ニーチェやキルケゴールに代表される内面的な危機の自覚も、マルクスやエンゲルスに代表される社会的な危機の自覚も、すでにヨーロッパ文明の土台骨をゆさぶりはじめていたのであるが、単に「外発的」な文明への恐怖や競争意識に発しただけの日本の「近代化」の出発は、ただひとえにヨーロッパ文明の堅牢さ、雄大さ、華麗さに幻惑され、その奥にあるものを見とどける余裕をまったくもっていなかったのである。」(上記同書 )

 

■ ニーチェやキルケゴール、スペインのオルテガのように、その時代の価値観、祖国の価値観を自己批判できる強さは日本人には無かった。現代でもご覧のとおり、近代的な価値観である、「自由」や「平等」、「民主主義」、「資本主義経済」などに無批判であるばかりかこれこそが「善」であると、信仰のごとく反知性的に自己正当化しているのではあるまいか。「現代的自由」や「現代的平等」に対し、根源からのロジックをもって真っ向から自己批判できる日本人など、現代ではついぞ見たことがない。

■ 明治維新から百五十年間をトレースして、日本の国民性をしっかり批判することなしに前へは進めない。近いところで言えば、高度経済成長期の自己批判の欠如、91年の不動産バブル崩壊、08年の金融バブル崩壊の自己批判となかなか立ち直れないことの自己批判の欠如、少子高齢化を筆頭に政治経済が悪いからだと社会に責任を押しつける自己批判の欠如、どうしてこれほどまでに個人が甘やかされた社会になったのか。厳しさを取り戻そうじゃないか。

 

■ 好きなことをして生きてゆけばいい、楽しいことをして生きてゆけばいい、学校が嫌なら行かなくていい、苦痛なこと嫌なことからは逃げたらいい、男同士でも女同士でも結婚すればいい、なんでも自由だ。これが我々の求めた自由な社会像なのだろうか。寛容な社会像なのだろうか。否、この自由の正体は「不自由」だと断ずる。

「自由に自由を重ね、無制限に自由を求め、なおそれに満たされず、いつも自由に憧れているのは、快楽の原理である。快楽には反覆があるのみで、発展はなく、結果的には、不自由の一形式でしかない。(中略)完全な自由は、けっして自由とはいえない。束縛や桎梏(しっこく)を打ち破って自由になったというだけでは、人間は自由にはなれない。自由があり余って、不自由に陥れば、人間はいっそうの自由を求めて、自由を放棄し、不自由な観念に隷属したがる。」(上記同書)

 

■ 引用している 『個人主義とは何か』 という書は、1969年に『ヨーロッパの個人主義』というタイトルで出版された西尾幹二の処女作である。副題は『人は自由という思想に耐えられるか』となっている。16万部のベストセラーとなり35年後に絶版になった。2007年に『個人主義とは何か』というタイトルで48年前の書を復刊し、最後に第四章『日本人と自我』が加えられている(現在は欠品中)。現代価値としても内容は全く色褪せていない。現在は80歳を超え好々爺の西尾氏であるが、1969年当時は33歳。まさに俊才のデビューであった。いったいこのハイレベルの内容の書を、33歳で書けるものなのか。上記を正しく解釈できる現代人読者はどれくらいいるのだろうか。いや、上記の自由と不自由にかんして、深く掘り下げ熟考することさえ出来ない現代人が多いのではなかろうか。

■ パリを訪れた人ならシャンゼリゼ通りや中心街の古い建物が、低層ビルとして百年以上のあいだ補修され続け、今も堂々と使われている街の景色に見惚れたことがあるに違いない。フランス国内に限らずヨーロッパでは古い建物の評価が非常に高い。前衛的、先鋭的な芸術の数々を生み出してきたフランスの「自由」は「堅牢な保守」の上に築かれている。否、「堅牢な保守」の上でこそ「自由」がいきいきと躍動する。

■ おそらく日本人は、「生」と「自由」を哲学によって繋ぐことができないだろう。表面上の自由を目指し、自由となったことを喜んでいるだけではないのか。「自由」とはあなたにとって何かを問おう。「自由」はあなたの生のどの位置を占めているのかを問おう。その問いに答えようとしたとき、自己批判を伴っているか否かを問おう。

 

■ 日本に対する自己批判とは、朝日新聞や東京新聞がやっているような政府批判、否、韓国や中国の立場からの政府攻撃ではもちろん無い。かつては、戦前生まれの左派知識層には確固とした日本批判、日本の国民文化批判ができる力量の賢人がいた。右派右翼の人たちよりも愛国心に満ちた左派リベラルの文人がぞろぞろいた。今や日本のリベラルと言えば、社会主義的立場に寄った政治家やその徒党を表わす概念に堕落した。

■ リベラルとは、リベラリズムすなわち自由主義のことを言う。現代日本人で自由主義社会の恩恵を受けていない人などただの一人もいない。リベラルを否定することなどできない筈だ。社会が自由を保障していることに無自覚となり、自由に対して無責任となってはいないか。

■ 太古の時代。人類が群居性活を始める以前、個のヒトには完全な自由があっただろう。弱肉強食で凶暴な肉食獣にヒトが捕食されることと引き換えに完全な自由があったに違いない。弱者だったヒトが生命を繋ぐために、その自由を大幅に制限し、人類は共同体生活を始めた。共同体での掟を作った。人類文明の始まりである。安全で安心な共同体生活を営むためには、共同体の秩序を保持しなくてはならない。個人が負う最低限の責任である。

■ 現代でもそれは変わらない。ところが共同体秩序を保持する責任を忘れ、国家共同体が秩序の上の自由を国民に保障しているからこそ自由主義社会の恩恵を受けられていることを忘れ、自分勝手に好きなように生きればいい、楽しく自由に生きればいいとは何事だ。戦争に巻き込まれて国家の安全保障が揺らいでも、自分だけが助かりたいために戦わずに逃げると宣言するような男まで今の日本にはいる。自由に対する責任、自由を支える秩序に対する責任をしっかりと背負おうじゃないか。それが国民主権ということだ。

 

以上は私個人の自己批判もしくは過去の自己批判でもあり、または内心に無自覚に潜む無責任性へのくさびでもある。

そして前を向く。

 

 

 

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