『天籟の妙音』 安岡正篤先生


 

水の人モード

ITバブルの始まり2003年頃は小泉構造改革もあって、米国を中心に日本への金融投資が活発化していました。そこで起きたのが2007年の米国サブプライム・ローン問題。これが引き金となり、2008年9月にリーマン・ブラザーズが破たん、リーマンショックと呼ばれる金融危機が起こりました。

リーマンショック以前に米国の投資家は徐々に日本から引き揚げ始めており、2007年の半ばから融資市場は硬直化しました。銀行をはじめとする金融機関が企業の設備投資に融資を渋り出したのです。私の仕事にも大打撃となって、もう「経済」という魔物に失望、いや絶望したのがこの時期でした。

その頃に出会ったのが「安岡教学」です。

 


 

安岡正篤(1898-1983)先生は、Wikipedia に載っているとおり、軍人では山本五十六元帥ら、政治家では、廣田弘毅、吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、福田赳夫、大平正芳ら、財閥では三菱、住友、三井、近鉄、東電など、広範囲にわたって日本の精神の柱となっていた碩学であります。昭和天皇による昭和20年8月15日終戦の玉音放送の文章に最終的に手を入れたのが先生で、皇室からの信頼も篤かった。しかし終生に渡り学者として号をとることもなく、大学に所属して教授となることもなく、叙勲はすべて辞退しており、「社会的名誉」を自ら遠ざけていました。

「名士は名士になるまでが名士であって、名士になるに従って迷士になる」などというが、本当にそうだ。そうなると意外に早く進歩が止まって、根が浮き上がり、倒れてしまう。実業家、政治家、学者、芸術家と称するものを見ても、およそ名士というようなものはそういうものである。

名士になるに従って、「名」の字は、「迷」という迷士になるからいろいろ失敗をやる。やはり人間は無名であらねばならない。無名にして有力になるのが本筋であり、「無名有力」になるのが、人間成功の秘訣である。

(安岡正篤『「こころ」に書き写す言葉』)

名前は売れない方が良いのです。自分にとっては。

「知る人ぞ知る」がいい。肝に銘じております。

 


 

このブログのタイトルの一部「天籟の風」。「天籟」は中国の『荘子』に由来しますが、「天籟」という言葉を初めて知ったのは、安岡先生の言葉を連ねた小冊子『天籟の妙音』を書籍化した『「こころ」を書き写す言葉』(絶版)という本からです。たまたま書店で手に取って購入したのが安岡先生との出会いの契機となっています。

もっと若い頃から安岡先生のことを知っておけばよかった、と思うかと言えばそうではなく、年齢的にも、人生経験的にも、「書かれていることが実感として、体験を伴った連想としてわかる」時期にようやく入った頃でしたので、今なお先生の語っていることについて深まらない部分がまだまだあるほどです。ですので出会う時期が、例えば20代や30代でなくて良かったとさえ思います。

「天籟」とは、「風の音などの自然の音のこと」や「詩歌などの絶妙なこと」を表わします。先生の文章は、いずれも心の高鳴りに溢れたもので、格調が高く豊かな韻律があります。日常の瑣事に憔悴した心を浄化し、思索を深め、これからの自分の行くべき道を示唆するものばかりです。(同書「はじめに」より)

 


 

安岡先生の著書では、中国の四書五経(大学・中庸・論語・孟子・詩経・書経・礼記・易経・春秋)をはじめ、老荘思想、儒教諸派、陽明学、禅など、日本では中江藤樹や大塩中斎、佐藤一斎、道元らから引用されることがあります。

古典を扱う学者の著書では古聖先哲の主張が主となることがほとんどで、学者は研究者として従の立場での評論解説ばかりですが、安岡先生の場合は古聖先哲にまったく負けていない。自らの人生や世相に連関させて、より一層深いところの話に醸成させているのです。安岡先生の言説が主になっています。『六中観』などの独創思想も多く、『万燈照国一燈照隅』は、当ブログでも微力ではありますが実践しているつもりでおります。

 

ひとくちに学問と言ってもいろいろあります。欧米から輸入された近代教育システムで教わる学問は、「自分の外」のことだけです。なぜなら欧米では、「自分の内」のことは教会(宗教)の教条主義によって強制的に造られるからです。アラブの世界でも同様ですね。

日本は歴史上どうしてきたかと言えば、「自分の内」の学問のほうが長いあいだ主流だったのです。明治、大正、昭和前半にはその影響が残っていました。しかし戦後教育では、わずかに一週間に一度「道徳」の授業がある程度で、その内容も社会ルールが主体です。

「己をどのように作っていくか」「己が生きる意義とはなにか」

普遍的な人間の生きる意味などではなく、まさに実存している己をどうするのかという、当事者としての本質的な学問をやってこなかった人が現代では多いのではないでしょうか。私もそのひとりでしたが。

 

中斎先生(大塩中斎※大塩平八郎のこと)を人として、個人として考察する時に気がつきますことは、先生の学問・思想の跡を辿ってみるとよく分かるのでありますが、自分というものをいかに把握するか、自分という人間をいかに正しくするかということに、つまり本当の自己をつくるということに徹底しておる。

人間というものの本質はどこにあるか、人間の人間たる意義・価値・権威というものはどこにあるか、ということに実に徹底した考察をしております。

(中略)

大抵の人は、相当に出来ておるようであっても、まだどこかに功利的なものがある。中斎先生の真剣に学ばれた陽明学、特に「抜本塞源論」を読みますと、言を極めて功利主義の弊害というものを痛論しております。

人間は功利主義・打算・ソロバン勘定・欲得、これを超えなければ本物にならないということを力説しております。(安岡正篤『人生と陽明学』)

 

耳が痛いです。

リーマンショックで経済に絶望し、ようやく自利優先から抜けかけているとは言っても、功利主義や打算、そろばん勘定を理性で駄目だ駄目だと思いつつ、ついつい無意識のうちに計算してしまっているときがあります。

これを超えていきたい。

 

今まで私のブログを数年にわたってご覧になってこられたかたはお気づきかもしれませんが、私は生存している人には主に「さん」付けをし、亡くなっている先人に対して敬称を付けることは今までありませんでした。しかしもう10年ほど書物からとは言え訓えられることばかりで、安岡正篤先生だけは、先生と呼ばせていただくことにしました。

今後は、(「安岡先生だったらどう考えるかな。安岡先生に今の私の言行は叱りつけられるかな。」)といった内的対話の対象とさせてもらうことにします。

 


 

聖賢の学問はただ一筋に基づいて王道を行った。ところが後世の学問は己れを修めると人を治めるとの二つに分かれて、しかも肝腎の己れを修めることをしないで、ひらすら人を治めようとする。

『論語』にも「古の学者は己れをおさむ。今の学者は人をおさむ。」と書いてありますが、これは後世の学問の悪いところで、人を治めようと思ったならば、まず以って己れを修めなければならない。王道に即するとは天徳に基づくということである。つまり自然と人間を一貫する真理に立たなければならぬということであります。(安岡正篤『呻吟語を読む』)

 

江戸時代、士農工商の上に立つ武士は率先して儒学(朱子学)を学びました。僧侶でさえも儒学を学んだ。西郷隆盛などの英傑らもそうです。人の上に立つ人ほど、己を修めるための学問をし続けていました。

今はどうでしょうか。

政治家らは自己修養のための学問をし続けているでしょうか。企業経営者はどうでしょう。教育関係者、学校の先生は己れを修めるための学問をしてますか。

他方、一般社会において、子どもの親はどうでしょう。中高年者はどうでしょう。頭がしっかりしているうちは老いれば老いるほど、己れを修養するために古聖先哲から新しい知見を学び、言動と行動が立派な人ととして社会のお手本になるべく自己研鑽に務める。これは当たり前のことのように思います。

今までの経験や学問知識に依存し、ただそれを引き出しから出してくるだけで新しく学ぼうとしなければ固陋の人であって、人物としての魅力も光もありません。劣化していく一方のデータストック装置です。そうなりたくはない。

 

幾つになっても己れを修めるための学問をし続けてきた日本人は、東南アジアをはじめ世界から「日本人は信頼できる」として評価されてきた。その信頼が日本を経済大国にしたのです。しかしそうして先人が苦労して作ってきた「信頼という名の貯金」は、残念ながらもう使い果たされる寸前だと言える。東芝の例、安倍総理の「福島は完全にコントロールされている」発言を挙げるまでもない。

でもこれから信頼という名の貯金を再度つくっていけば、まだ「日本人」というブランドの神通力は世界に通用するかと思います。

「経済大国」や「軍事大国」は短期に栄枯盛衰の波がありますが、「信頼大国」は長寿です。これだけは間違いありません。