先賢とのおもしろ対話


 

遊ぶ子モード

昨日記事では「笑いながら哲学する」をテーマにニーチェをいじりましたが、今日は、わたし流の先賢との対話をおもしろく綴ってまいります。

上の写真は『考える人/ロダン』でありますが、やはりどうしても、トイレの最中に考えるふりをしているだけなんじゃないかという不安がよぎります。不安って?(苦笑)

なんか哲学だとか何とか学だとかという学問っぽい書を読むときって、みなさん、ロダンとなって真面目に読むだけですか? リラックスして著者と掛け合い漫才しながら不真面目に読むことはありませんか? たぶん誰も見てないし知らないし、いま話題のテロ等準備罪で捜査されることもないと思うので、私は楽しんでおりますよ。

 

ちなみに、前記事でもそうで、すべての記事でそうですが、(苦笑)と書いて、けらけらと大笑いしているときもあるので、あしからずご了承くださいませ。実はかなりの笑い上戸の一面があるのですみません(苦笑)

 

前置きはこれくらいにしまして。

まず私は読書するときには、著者の声で文章を「聴き」ます。声を知らない著者は(がほとんどですが)声をイメージして。

そのときに、著者キャラクターが出来てるんです。

で、何度も同じ著者の本を読んでいると、赤の他人の関係ではなくなってくる。気楽に対話をしだすわけです。(実際に声を出すわけでなく、心の声です)

 

ニーチェの場合、もうすっかり家族でありまして、私の弟という設定になっています(苦笑) 実際は妹しかいないので、弟や姉兄がどんなもんかわからないのですが。

ニーチェの言葉を目で追い耳で聴きながら、対話をします。

「なあ~、ここの部分は読者をおちょくっとるやろ~」

という気楽な感じで、

「おまえちょっと、しつこいんちゃうかぁ~」「そのめんどい性格どうにかならんの?」 と苦情を言い、

「なんでこんな文章書けんねん。あたま良すぎやろ~!」と褒め、「まあ、そんなにいじけたらあかんで~」と励まし、「そっかぁ、おまえにはずいぶん苦労かけたなあ。よしよし。」と彼の嫌いな同情をかけてやるわけです。

はい、おまえ呼ばわりで、かつ、関西弁ってところがキモです、ニーチェの場合。理由はなんとなくですが(苦笑)

 

舞台はパーンしまして、老子の場合、中国の奥深い山の頂上で、あごひげの長い爺仙人が釣りざおに糸を垂らしている光景になります。

私「何を釣ってるんですか?」

老子「足るを知るじゃ」

私「よくわかりませんが、山に水がどこにもありませんよ?」

老子「上善は水の如し」

私「はあ。。釣り針もエサもついてないのに掛かるんですか?」

老子「天網恢恢、疎にして失わずじゃ」

私「頭のうしろ、つんつんして良いですか?」

老子「大道すたれて仁義ありというではないか」

というふうに、会話が成立しないのでありますが、ふむふむと聞くわけです。

 

陽明学や東洋思想の碩学である安岡正篤先生(1898-1983)は、先賢で唯一、先生と呼び姿勢を正しながらお話を聞くかたです。

この場合、舞台は教室のようなところで、私は17歳の高校生、安岡先生は教壇に立っていて長身痩躯の60歳くらいで、広い教室に生徒は四人、机四台です。居眠りもぼんやりもできません。安岡先生の講話はYouTubeなどに少しだけ残っているので、気品があってよく通る声は知っています。

常に、「喝」を入れてくれる、私にとって唯一の存在であります。

対話と言っても、「はい!」がほとんどなんですけどね!

 

あと例えば西郷隆盛(1828-1877)と対話するときには、「西郷どん」と呼んでおります。でっかいギョロ目から目を離さないように、鹿児島弁に変換して話をしたり。

ハンナ・アーレントさん(1906-1975)は女性ですが、女性扱いしちゃうと睨まれて怒られそうなので、丁寧語で(お互い)冷たい会話をしております。言わないでほしいんですが、たばこくさいのに閉口してるんです(苦笑)

 

まだご健在のかたでは、哲学者の中島義道さん(70歳)。最近よく読んでいるのですが、ごめんなさい。「中島ちゃん(失礼!)」と呼んでいます(苦笑)

なぜかというと、「中島ちゃん(失礼!)」だから(苦笑) というのも、『カイン』『人生に生きる価値はない』『私の嫌いな10の人びと』『差別感情の哲学』などを読めば、「そっかそっか、中島ちゃん(失礼!)、今までよく辛抱したよな。。。」って声かけたくなりますよー!

でも脳みそは特級品のようで、近著『時間と死』を今読んでいるんですけど、けっこう難解で読み進むのに時間がかかってます。「中島ちゃん(失礼!)さすが!やればできるんだね!でもボクの頭じゃちょっとついていけないかも。」と会話しながらですが、でも、すごく貴重なヒントをもたらしてくださって、この本、実は知的革命の本になるんじゃないかとさえ思いながら読んでいます。でも、中島ちゃん(失礼!)なんですけどもね。

 

まだまだ書き切れないくらい対話している先賢はいらっしゃいます。

そうそう、35歳の若さで亡くなった母とは、誰にも打ち明けられない決断をした時に、「これで良かったんだよね」などと会話しますし、3年前に他界した愛猫とも、胸が熱くなる対話をしています。(これは書くと泣けてくるので内容は伏せます。)

他界した人で縁が深かったかた、好きだったかたと会話する機会が多いですね。

生きてる人では、中島ちゃん(失礼!)くらいかな~(しつこい!苦笑)

 

というわけで(どういうわけなんだかしりませんが)、ホームページのコンテンツを新設しました。「テーマ」も大幅改定し、「哲学・思想」、「無意識と創造」を作りました。5月スタートですしね!

『ツァラトゥストラ』 を少し書きましたので、ご興味とお時間がお有りのかたは以下からお進みください。

 

「哲学・思想」