思想というモンスター


哲学と思想を対比するとき、思想の領域の広さに絶望する。無限に枝分かれしていく価値観が思想を創る。だから思想の数は無限にある。哲学は一つの原理に収斂していく性質があり、思想は多元的かつ多様的に拡散していく性質をもつ。

人間はこのように生きたほうが良い、社会はこうなるほうが良い、こうなるほうが良いのだから、こうなるべきだ。というふうに思想は語る。善い悪いの善悪や役に立つ立たないの損得、美しい醜いの感性的価値、相対的比較のプラスとマイナスの二極があり、それを思想は語る。絶対的価値と言っても「価値」づけていることに相対比較が隠されている。

思想は怪物である。モンスターだ。魅惑的でもあり高圧的でもある。

個人の信念や美学、信条は主観的であり、それを他者に押し付けなければ主観にとどまるが、思想は客観的に語られ、世界の普遍的真理のごときである。思想を社会的原理に応用したのがイデオロギーだ。イデオロギーとは、機械的なシステムのように社会原理を設計し固定化しようとする思想だ。共産主義、民主主義、自由主義、個人主義(individualism)、…すべてイデオロギーである。

実存主義、唯物論、唯心論、独我論、そうした一つの原理で世界を正しく解釈できるというのも、私の分類においては思想である。

 

さて、私は個人的な生きかたの美学をもつが、社会はこうなると良いとか社会はこうあるべきだとか、正しい一つの解釈があるとか、人間はこう生きるべきだとか、そういう類のものは私にはない。元からなかったわけではなく、積極的に失っていったといえる。私に思想はない。

 

 

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