無意識の道しるべ


 

夜の人モード

人類は科学を発展させ宇宙の神秘を物理学によって解明しようと試み、その研究と実験は日進月歩で、月までの一般人往復旅行程度ならば今世紀中に達成されるだろう。

他方、人間の心については解明の糸口さえもつかめていないのが現状だ。物理学や生物学、西洋医学は心の問題を「脳」の問題として扱う。しかし、それらの「科学」は非科学的現象、非合理的現象については手も足も出ない。

物質としての人体はいずれ解明されると思うが、はたして私たちが心と認めているコレは物質的なものなのだろうか。どうも違うような気がする。そもそも物質から意識が発生するシステムも全く解っていないのだ。オーストラリアの哲学者・デイヴィッド・チャーマーズが「意識のハードプロブレム」として提唱したのが1994年。その後なんの進展もない。

意識が解らないのだから無意識はもっと解らない。物質的には。

そのことを解ったうえで、無意識と意識の関係性を考え続けてみたい。このテーマにはおそらく、飽きることなく死ぬまで私の好奇心を捕えて放さないだろうと思う。

 

無意識を探究し新しい理論を構築するためには、偉大な先賢たちが研究したロジックを参考に学ぶのが良いと思っている。

道しるべとして、無意識の探究の歴史を綴った大著、アンリ・エレンベルガー『無意識の発見』は欠かせない。

 

探究を進めるうえでもっとも信頼できるのは、カール・グスタフ・ユングの『タイプ論』だ。ユングと言えば『元型論』その他でオカルトイメージが付いていしまっているかもしれないが、ユングが超越論的方向へぐんぐん走って行ったのは本書を上梓してから20年以上経過してからである。

私はこの『タイプ論』がユングの主著として相応しいと思っている。無意識を研究するための理論がしっかりしているのだ。ある意味、哲学書でもある。

書名の『タイプ論』は『Psychologische Typen』を和訳したものでみすず書房出版。同時期に人文書院から『心理学的類型』のタイトルで出版されている。

 

『タイプ論』のまえがき冒頭部分を引用してみよう。

本書は臨床心理学の分野における、ほぼ二十年にわたる研究の成果である。このアイディアは、一方では精神科および神経科における臨床やあらゆる階層の人々とのつき合いによって得られた無数の印象や経験から、他方では友人や反対者との私の個人的な討論から、そして最後に私自身の心理的特質の批判から、しだいに生まれてきたものである。

ユングは机上の理論を語る書斎派心理学者を厳しく批判している。本書は和訳本として600ページを超える大著であるが、第一章から第九章までは研究について書かれており、第十章でユングオリジナルの類型が登場する。

その中で私が最も無意識の道しるべとしたいのは第十一章の「定義」である。この章は凄い。ユングが心理学上で扱う言葉の語義を説明しているのだが、言語概念とはそのまま哲学なのだ。つまり、第十一章にユング理論のエッセンスがすべて詰まっていると言っても過言ではない。前の記事で扱ったペルソナにかんする内容もこの章から引用した。

 

その他、一部参考にするのはアブラハム・マズローとチクセントミハイ。知識吸収する文献を広げ過ぎるのは避ける。狭く深くやる。じっくりと時間をかけて。