「日本人」の個性(6)忍ぶー2


日本語の「しのぶ」について考えてみよう。前の記事では中国語概念の「忍」について考察した。「忍」に、刃のような惨い心という概念を言語化した意味が紀元前の中国にあったことは、私的には貴重な発見だった。では、日本語の「しのぶ」はどのように形成されたのか。

まずは「しのぶ」の語源についてである。

この種のことを考えるために準備してある私の所有している辞書は、三省堂『新明解語源辞典』、小学館『日本語源大辞典』、ミネルヴァ書房『日本語源広辞典』、小学館『古語大辞典』、角川学芸出版『古典基礎語辞典』、冨山房『大言海』、以上6冊になる。もちろんすべて調べてみた。『古典基礎語辞典』を中心に概ね順当だろうと思われる解説が以下。

「しのぶ」には、忍ぶと偲ぶとがあり、上代では前者を「しのぶ」と発音し、後者を「しのふ」と発音した。違うのは発音だけではなく意味も、前者は「耐えて隠す」であり、後者は「ひそかに思い慕う」と全く異なるものだった。それが中古の時代(主に平安時代)に入ると、忍ぶのじっとこらえる意味と偲ぶのひそかに思い慕う意味が近似していることもあって、両者が混同され、同じ「しのぶ」として使われるようになった。

『新明解語源辞典』には、亡き人・会えない人のことを思い浮かべる(「偲ぶ」)ことと、そのつらさをじっとこらえる(「忍ぶ」)こととが意味上相通じ、平安時代に同じ「しのぶ」となったとある。

『大言海』では、「しぬぶ」を語源としているが、『古語大辞典』によれば「ぬ」の発音は江戸時代にそう発音されたこともあったとある。

『日本語源大辞典』には8通りもの語源説が提示されているが、つまるところ、「しのぶ」という発音の言葉の起原は明確にはならないということだろう。

整理すると、上代(奈良時代)には「しのぶ」と「しのふ」があり、中国から輸入された「忍」という概念の影響もあり、平安時代には「しのぶ」に統一され、漢字表記を「忍ぶ」としたという流れになる。「しのぶ」という日本語の語義語感には「忍ぶ」と「偲ぶ」の意味が混合された。すなわち(1)気持ちを抑える。痛切な感情を表さないようにする。(2)動作を目立たないようにする。隠れたりして人目を避ける。(3)我慢する。忍耐する。(『日本語源大辞典』)という概念群を言語化表現するようになった。同辞典には注意書きがあり、(3)の外部からの働きかけに耐える意味は和語には本来なく、漢語「忍」の意味が次第に浸透していったと考えられるとある。

いずれにしても、古代中国にあった「忍」の「むごい心」という語義語感は日本語にはない。残忍・惨忍という熟語は日本でも使用されるが、その「忍」の意味については、日本では特殊だといえる。

次の記事では、日本語の「しのぶ」という概念がよくあらわれている文学作品を味読してみよう。

 

 

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